IoT向け通信規格というと、LPWAなどの無線規格を思い浮かべる人は多いだろうが、IoT向け有線規格も存在する。「IEEE 802.3cg(10BASE-T1)」がそれだ。
2020年3月、この802.3cgの標準化作業が完了する。802.3cgは、IoTの世界にどのような変革をもたらすのだろうか。
バス型トポロジーで8分岐に対応802.3cgの最大の特徴は、2芯・1ペアのツイストケーブルを用いる「Single Pair Ethernet(シングルペア・イーサネット)」であることだ。
一般的なLANケーブルは、1本のケーブル内に8芯・4ペアの心線が通っており、そのうち2ペアまたは4ペアを使って通信を行う。これに対し、シングルペア・イーサネットでは、線材を4分の1に簡素化することで、低コスト化、省スペース化、ケーブルの取り回しやすさの向上を実現する。
実は、シングルペア・イーサネット自体は目新しい規格ではない。
これまで2015年10月にIEEE 802.3bw(100BASE-T1)、翌年6月にIEEE802.3bp(1000BASE-T1)、同年12月には給電用のIEEE 802.3bu(PoDL:Power over Date Line)と3つの標準化がすでに完了している(図表1、2)。
図表1 Single Pair Ethernetの標準化状況
図表2 Single Pair Ethernetの適応領域
802.3bw/bpはいずれも車載ネットワーク用途で、bwは100Mbps、bpは1Gbpsの高速通信が行える。1ペアのツイストケーブルは通常のLANケーブルと比べて径が細く、狭い車両内部でも効率的にケーブルを取り回せる利点がある。
昨今、クルマのコネクテッド化が進み制御内容が複雑化しており、ECU(Electronic Control Unit)間の通信は大容量化する一方だ。また、最近は「あおり運転」が社会問題化していることもあり、フロントカメラやバックカメラで撮影した高解像度の映像伝送のニーズが高まっている。従来、車載アプリケーションにはCAN(Controller Area Network)が使われてきたが、通信速度は1Mbpsと低速であり、大容量データ通信には適さない。そこで802.3bw/bpが、CANの代替としての役割を担っていこうとしている。ただ、車載用途のため伝送距離は15/40mにとどまる。
一方、802.3cgは、クルマ以外の利用も目的としている。
通信速度は10Mbpsで、伝送距離はcg-sが25/40m、cg-lが1㎞。IoTの用途によっては、低速かつ広範囲にカバーする通信技術が必要となるため、802.3bp/bwより速度を抑えることで距離を延ばしたという。
「車載ネットワークのLIN(Local Interconnect Network)や産業用シリアル通信規格のRS485など、既存の制御系ネットワークを802.3cgで巻き取ることを想定している」
こう話すのは、北陸先端科学技術大学院大学教授で、シングルペア・イーサネットの国内における実用化を議論する情報通信技術委員会(TTC)のIoTエリアネットワーク専門委員会の特別委員も務める丹康雄氏だ。
(左から)NECマグナスコミュニケーションズの安川昌毅氏、北陸先端科学技術大学院大学教授の丹康雄氏、NTTアドバンステクノロジの田島公博氏 |
例えば工場IoTの場合、センサーやデバイス、モーターとの接続にはLPWAなどの無線を使っていても、末端のデバイスには今なおRS485が用いられており、途中でプロトコルを変換している。これに対し、802.3cgは「イーサネットファミリー」であり、エンドからエンドまで一切の変換なく接続できるため、より安定した通信を実現できるという。
また、802.3cgはPoint-to-Pointのスター型トポロジーだけでなく、Point-to-Multiのバス型にも対応している。これにより、「照明やセンサー、アクチュエータを芋づる式につなげることができる」(丹氏)。ホームIoTやビルオートメーション、プロセスオートメーション(プラントを一元的に制御するシステム)などの用途で活躍するのだ。標準化作業では伝送距離25mのcg-sが8分岐に対応することが規定されたが、「さらにエンハンスしたい」との要望が一部の企業から寄せられており、75m・32分岐までの拡張を検討している。