カイゼンが不要に工場におけるCPSというと製造過程で集めたデータを基にした装置の故障検知や予兆保全への活用をイメージしがちだが、それはほんの一部にすぎない。
例えば、ソフトウェア開発企業のレクサー・リサーチは、シミュレーション統合生産(SIM)に基づいたCPS生産システムを展開している。
SIMとは、製品戦略や工場立地戦略、製品設計など、ものづくりの上流プロセスにおいて、サイバー空間でシミュレーションを徹底活用して検証や最適化を行うことで、各種製造工程で発生する様々なトラブルの発生を回避したり、事前にレコメンドするというコンセプトだ。
シミュレーションには膨大なデータの処理が発生するが、レクサー・リサーチの生産シミュレーター「GD.findi」は簡単な操作で製造ラインの最適化設計を行うことができるという。先述したパナソニックの事例には、このGD.findiが用いられている。
日本の製造現場では長年、「カイゼン」と呼ばれる作業の見直し活動が行われてきた。
ところが近年、ニーズの多様化とともに多品種少量生産が主流となっており、カイゼンをする時間的余裕がなくなっている。
レクサー・リサーチ 代表取締役の中村昌弘氏は「カイゼンとはある意味、必要悪でもあり、問題が現出した後に対応しなければならないことが課題」と指摘する。あらかじめ徹底的なシミュレーションを行い、可能な限り、事前に予期できる問題を対策しておくことで、量産立ち上げを円滑にさせることができるという。
レクサー・リサーチ 代表取締役 中村昌弘氏
「製品出荷後の運用・保守(O&M)のCPSが製造業の1つのトレンドになっている」と話すのは、東芝デジタルソリューションズ 技師長の中村公弘氏だ。
東芝デジタルソリューションズは、工場など製造現場のCPSをサポートするソリューション「Meisterシリーズ」を提供している。
製品やサービスの企画・設計・製造や、物流・販売・アフターサービスといったバリューチェーン全体のデータを統合することで、業務の全体最適化や品質向上を図るというものだ。
O&Mでは、製品・設備の稼働データ、現場での保守点検内容、作業者、性能、温度・湿度など設備が置かれた環境などのデータを相互にひも付けたデータ統合基盤をサイバー空間上につくることによって、出荷後の製品・設備の顧客の現場での稼働状況や問題発生時の原因の分析、追跡、最適な運転・保守計画などをデジタルで行えるようになる。
メーカーは自社の製品やサービスが最終顧客にどのように使われているかを把握することで、顧客の使い方に合わせて製品をアップデートしたり、新たな製品・サービス開発に反映できるようになる。「本当に売れる製品・サービスをつくるのに重要なプロセス」(東芝・中村氏)という。
部分導入でCPSを始める上流から下流までデジタル化してシミュレーションするのではなく、工場のラインやプロセスに特化することでCPSの導入を容易にしているのが、伊藤忠テクノソリューションズ(CTC)だ。
同社が2019年11月に提供開始した「製造業向けデジタルツインソリューション」では、「例えばAIを用いた設備異常の予測や、スキルを考慮した人員配置の最適化のシミュレーションモデルの作成などが行える」とCTC エンタープライズ事業グループ 科学システム本部 AIビジネス推進部 AI・Digitalプロダクト推進課 エキスパートエンジニアの小平啓一氏は述べる。エッジとクラウドで構成されており、すぐに答えを出したい場合はエッジ、一定期間データを貯めて付加価値を作り出す場合はクラウドというように、目的によってデータ分析を行う場所を選択することができる(図表1)。
伊藤忠テクノソリューションズ エンタープライズ事業グループ
科学システム本部 AIビジネス推進部 AI・Digitalプロダクト推進課
エキスパートエンジニア 小平啓一氏
図表1 CTC「製造業向けデジタルツインソリューション」の全体構成
同ソリューションはマルチベンダーで組み合わせていることもあり、業種や企業ごとのニーズに合わせてデータベースだけ、あるいはエッジだけというように部分的に導入することが可能だ。
「ソリューションを丸ごと導入するとコストがかかるのはもちろんだが、全体導入に必要なデータを集めている企業はごく少数。ほとんどの企業が部分的にCPSを始めている」とCTCエンタープライズ事業グループ 科学システム本部 DSビジネス推進部データサイエンス課の森田敬大氏は説明する。
伊藤忠テクノソリューションズ エンタープライズ事業グループ
科学システム本部 DSビジネス推進部 データサイエンス課 森田敬大氏