ビジネスや政策決定の場では昨今、“データドリブン”な意思決定が重視される。ただし、データの利活用はプライバシー保護との両立が求められる。データの流通と利活用を活発化させるには、その秘匿性を維持するための仕組みが不可欠だ。
この「データの利活用とプライバシー保護の両立」という難題を解決する技術として注目を集めているのが「秘密計算」だ。ひと言で言えば、暗号化したままデータを処理する技術である。NTT社会情報研究所 社会情報流通研プロジェクト 主任研究員の諸橋玄武氏はその効果について、「データの保有者は提供しやすくなる。利用者は使えるデータが増える」と述べる。
暗号化はもはや一般的な技術となったが、暗号化されたデータを計算に用いる際には課題がある。いったん復号、つまり元データに戻してから計算するため、そのタイミングで漏洩のリスクが生じるのだ(下画像の上段)。
従来の計算(上)と秘密計算(下)
これに対して、秘密計算は暗号化した状態のまま計算するため漏洩のリスクがない。様々な分野でデータ活用を後押しする技術として、「暗号技術の中でもホットな領域だ」(諸橋氏)。
秘密計算の国際標準をリードしてきたNTT
だが、秘密計算にも課題はある。いったん復号してから計算する場合に比べて、処理に時間がかかることだ。
これが秘密計算の普及を阻む最大の要因だったが、諸橋氏によれば「近年は高速化されて現実的に使えるレベルになってきた。それでビジネスが立ち上がりつつある」。高速な秘密計算を実現する技術は複数あり、NTTも2010年代に独自方式を確立。加えて、長年にわたって秘密計算技術の国際標準化を主導してきた。
その取り組みが結実したのが、2023年9月のことだ。秘密計算技術で初の標準規格「ISO/IEC 4922-1:2023」がISOから発行された。ただし、その時点では用語定義等を定めた「標準規格の総論」(諸橋氏)が発行されたに過ぎず、継続して秘密計算技術の実装方法について規格化が進められてきた。
ISO/IECにおける秘密計算の標準化動向
黄色で表示しているのが、NTTが主導したもの
そして今回、「秘密分散」という手法に基づく具体的な秘密計算の方法を初めて定めた「ISO/IEC4922-2:2024」が発行。「アルゴリズムが標準化された」ことで、標準に則った実装が可能になる。
では、NTTが独自に開発した「秘密分散に基づく秘密計算」はどんな点ですごいのか。鍵は2つ。「掛け算」と「通信」だ。