[5G思考#1]野村総研 桑津氏 – 働き方の劇的変化は数年のうちに起こる

5G時代、「経営のトップは人間とAIの仕事の線引きを見直し、AI化の道筋を立てなければならない」と野村総合研究所(NRI)の桑津浩太郎氏は語る。まずは「もう1つの現場」でのトライアルを始め、「産業内の壁」を崩していこう。

――5Gはビジネスをどう変えていきますか。

桑津 現状、5Gならではのアプリケーションは、韓国や中国に行っても、ほとんど見当たりません。「非常に高速なスマホ」以外の用途が今は無い印象です。

5Gのユースケースの大本命は、AI自動運転のような「リアルタイム制御」だと見ています。しかし、こうした人間以外の用途は、スマホと比べて時間がかかります。腰を落ち着けて取り組む必要があることを、再確認したということだと思います。

ですから、5Gの当面のユースケースは「ハイブリッドモデル」になると考えています。

決まったルートを走る自律運転バスのケースで説明しましょう。普段はAIで定常運行していますが、非常時には人間が運転します。ただし、人間はセンター側にいて、1人で6台くらいのバスを監視し、トラブルが起きた時だけ遠隔操作する。5Gの短期的なニーズとしては、こうしたハイブリッドモデルが来るでしょう。

――「AIプラス人」のハイブリッドですね。

桑津 単純な仕事はAIがやって、面倒くさい仕事は人間がサポートするわけです。

似たようなニーズは今いろいろな分野で出てきています。その1つが工作機械などのメンテナンスです。

最近の工作機械にはIoTデバイスが付いており、振動や温度などに異常があると遠隔のセンターで即座に分かります。そしてAIによる診断結果をもとに、トラブル原因の当たりを付けてから現場へ向かうのですが、AIで原因が分かるケースは全体の7割ぐらいなのですね。残り3割は行ってみないと分かりません。しかも、その3割の大半は、複雑で難しいトラブルです。

そこで現場作業員は、ウェアラブルカメラで該当箇所を映し、センターにいるベテランのアドバイスを聞きながら作業します。現在は4Gでやっていますが、5Gであれば4K高精細映像や複数アングルの映像もやりとり可能で、AIと人間の両方を包括できる十分な伝送容量を確保できます。

本当はAIが全部判断し、ロボットがすべて直してくれればいいのですが、現状はそこまで技術が進んでいません。

例えば、港湾のクレーン作業は超職人技でイレギュラータスクも多く、AIで全部行うのは難しいそうです。とはいえ、すごく高い場所にあるオペレーター席に人間がわざわざ登って作業しなければならないかというと、その必要性はない。自宅から遠隔操作すればいいのです。

野村総合研究所 桑津浩太郎氏

――ただ、AIは日々進化しています。5Gへの移行が進み、映像をはじめとした、もっと大量のデータを学習可能になれば、AIでは難しい仕事もどんどん減っていくのではないですか。

桑津 そのスピードは速くなるでしょう。AIが囲碁の世界チャンピオンに勝つのが早かった理由には、過去の対局データの蓄積があったこともあります。5Gは、今まで非常に限られていた“シンギュラリティ”の領域を広げるんですよ。様々な現場にシンギュラリティをもたらすのが5Gです。

ハイブリッドモデルは当面の現実解であって、目的ではありません。最終的に目指すのはオールAIモデルです。

月刊テレコミュニケーション2020年3月号から一部再編集のうえ転載
(記事の内容は雑誌掲載当時のもので、現在では異なる場合があります)

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桑津浩太郎氏

野村総合研究所 研究理事 未来創発センター長 コンサルティング事業本部 副本部長。京都大学 工学数理工学科卒業。1986年にNRI入社。野村総合研究所 情報システムコンサルティング部、関西支社、ICT・メディア産業コンサルティング部長を経て、2017年研究理事に就任。ICT、特に通信分野の事業、技術、マーケティング戦略と関連するM&A・パートナリング等を専門とし、ICT分野に関連する書籍、論文を多数執筆

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