物理的なネットワークを複数の論理的なネットワーク(スライス)に分割する技術であるネットワークスライシング。各通信事業者は商用サービスの本格化への取り組みを進めている。
KDDI ビジネス事業本部 プロダクト本部 次世代ビジネス開発部 ビジネス開発2G グループリーダーの長谷川洋佑氏は「顧客に合わせてスライシングの環境を提供している」と明かす。同社はスライシングをサービスメニュー化してはいないが、非公表の例も含め、すでに相当数の実証を行っている。
KDDI ビジネス事業本部 プロダクト本部 次世代ビジネス開発部 ビジネス開発2G グループリーダー 長谷川洋佑氏
スライシングで放送DX
そのなかでも目立つのが放送・映像伝送の分野だ。同社が2024年5月から展開しているAIを活用したビジネスプラットフォーム「WAKONX(ワコンクロス)」では、重点的に取り組む6テーマの1つに放送を位置づけており、5G含め、全社のアセットを投入し放送業界のDXを支援している。
その嚆矢となったのが2023年3月に開催された東京マラソンだ。5G SAのスライシングをフジテレビの生放送中継に利用し、スタート・フィニッシュ地点の映像を伝送した。RANの高度な制御を行うコントローラーであるRIC(RAN Intelligent Controller)を活用したSLA保証型ネットワークスライシング技術を地上波テレビ放送に適用した世界初の事例となった。
同年8月には朝日放送の夏の甲子園のテレビ中継、2024年10月には琉球放送の「第54回那覇大綱挽」のライブ配信において、SLA保証型スライシングを利用。ケーブルレスでの中継、スマホ撮影による通常のテレビカメラでは困難なアングルの実現など、制作コストの削減と新たな映像表現に貢献した。
こうした用途に帯域保証のない通常の5Gを使用すると、どうしても映像に途切れが発生してしまう。長谷川氏は通常の5GとSLA保証型スライシングには「明確な違いがある」と話す。スループットの大きい映像を送るためのスライスの設計など、映像伝送に合わせたリソースの組み合わせ方のノウハウを蓄積している。
「放送業界のコスト削減、新しい映像表現につながる取り組みは今後も行っていく」と長谷川氏。これらの実証結果を踏まえてKDDIは2024年度中のリリースを目指し、ソニーとともに5G SAスライシングを利用したワイヤレス中継ソリューションを開発中だ(図表1)。映像制作設備のクラウド化や撮影映像のAI解析などを組み合わせることで、5Gのケイパビリティが放送分野でさらに活かされることになる。
図表1 KDDIが「WAKONX」で目指す放送・メディア業界向けDXの全体像
放送以外ではゲームの需要も大きいという。2023年9月にソニーと行った実証では、混雑したイベント会場におけるオンラインゲーミングにスライシングを活用。ゲームの操作をSLA保証により円滑に行い、かつプレイ映像の映像受信にも同じスライスを使用した。「操作のパケットはそれほどではないが、映像を見せるには大きなスループットが必要になる。ゲーム専用スライスを活用し、1つのスライスで操作と映像を安定して伝送した」(長谷川氏)。将来的には、通勤電車など混み合う環境でラグなく快適にゲームを楽しみたいというニーズにも応えられるという。