<特集>デジタル田園都市国家構想「地域アプリで課題解決」サテライトオフィスの先進地・神山町で始まる新ストーリー

サテライトオフィスの先進地域などとして知られる徳島県神山町で、デジタルを軸にした新たなストーリーがまた始まる。地域アプリ「さあ・くる」のリリースと「神山まるごと高専」の開校だ。

「やったらええんちゃうん」

神山町が町全域に光ファイバー網を張り巡らせる事業に踏み切ったのは2004年のこと。背景には2つの課題があった。

1つはデジタルデバイドへの懸念。当時、ADSLが急速に普及していたが、「採算が取れない」と通信事業者には断られ、神山町ではISDNしか利用できなかった。

もう1つは、7年後に控えた地上デジタル放送への移行により、テレビが視聴できなくなるという課題だ。徳島県は、大阪から届く電波でテレビを観ていた。デジタル放送に切り替わると、山間地の神山町には大阪からの電波が届かなくなり、テレビが観られなくなる可能性があった。

「民間の参入がまったくない、過疎地ならではの状況。行政がやるしかなかった」と杼谷氏は振り返る。

通信ネットワーク経由でテレビ放送を受信する方法としては、同軸ケーブルを利用するHFC形式が当時の主流だったが、ランニングコストも考えると「これからは光の時代」と光ファイバーを選択した。

こうして光ファイバーを町全域に整備した神山町だったが、多くの住民に加入してもらい、採算を確保しなければ、光ファイバー網は維持できない。杼谷氏は「加入してください」と町中をお願いして回った。その結果、約85%の世帯加入率を誇るに至り、光ファイバー網の整備を決めたときには、想像もしていなかった変化も起きてくる。

光ファイバー網が可能にしたことの1つが、インターネットを使った積極的な情報発信である。神山町は、地元のNPO法人グリーンバレーに移住交流支援事業を委託し、空き家情報の発信を開始。これがきっかけで生まれたのが、サテライトオフィスの第1号だ。

Sansanの寺田親弘社長が「良い古民家をオフィスにしたい」と神山町を気に入ってサテライトオフィスを2010年に開設し、これが多くの企業が集まる発端となった。「最初から意図してサテライトオフィスを誘致したわけではなかった」のだという。

また、インターネットを通じた情報配信が活発化し、アーティスト・イン・レジデンスなどの魅力が広く伝わっていくなか、クラフトビールの醸造所を開く夫婦(オランダから)など、様々な人が移住してきた。他の多くの自治体のように、神山町は移住支援金を用意しているわけではない。「ここで何かチャレンジしてみたい、という土壌を作っていく─。そんなことかなと思う」と杼谷氏は語る。

前出のグリーンバレーは、神山町の様々な取り組みで重要な役割を果たしているが、その元理事長・創設メンバーである大南信也氏がよく使う合言葉が「やったらええんちゃうん」だ。

「サテライトオフィスは成功事例といえるが、神山町にはまだまだ多くの課題がある」と杼谷氏は話すが、現在取り組んでいる「やったらええんちゃうん」の1つが地域アプリの開発である。神山町は今年3月、地域アプリ「さあ・くる」をリリースする。公共交通に関する課題が、地域アプリを開発するきっかけだった。

神山町の地域アプリ「さあ・くる」の画面イメージ

神山町の地域アプリ「さあ・くる」の画面イメージ。同町では高齢者へのタブレットの無償貸与を行う。そのためタブレットで使いやすいように工夫している点も特徴の1つだ

町営バスの運行終了

神山町では、約50年前から町営バスを走らせてきた。民間バスが神山町の奥まで来なくなったためだ。

当初はたくさんの利用者がいた町営バスだが、最近は利用者数が年間のべ3600人ほどに減少。「1日10人乗るか乗らないかで、1便当たりの平均乗車人数は0.29人。ほとんど空気を運んでいるような状態で走っている」と杼谷氏は説明する

そこで神山町は、2023年3月31日をもって町営バスの運行を終了する。代わってタクシー利用に補助金を使い、住民負担を抑えながら、同時に「バス停が遠い」「便数が少ない」といった不満を解消して利便性も向上させる。

ただ、そのうえで問題だったのが、町営バスの運行を今まで委託していたタクシー会社の経営である。町営バスが廃止され、タクシー事業だけになると、経営が成り立たなくなる怖れがある。町の公共交通を維持していくには、多くの人にタクシーを利用してもらわなければならない。

それで出てきたアイデアが、タクシーの予約アプリだった。この事業をきっかけに神山町は、高齢者にタブレットを無償貸与する。町民の半分以上を占める高齢者を含め、多くの住民にアプリをインストールしてもらい、タクシーを積極的に利用してもらおうという作戦だ。

神山町の住民であれば、アプリもしくは電話で町内業者のタクシーを予約すると、今年4月から15%の自己負担でタクシーに乗車できる。タクシー運賃が1000円だったとすると、たった150円の自己負担で済むのである(1回の運賃の上限は8000円まで。また、発着のどちらかが町内の場合に限る)。

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