――デジタルトランスフォーメーションの重要性が盛んに叫ばれ、企業は今、デジタル化に必死に取り組もうとしていますが、その先には「デジタルとリアルの逆転経済」が到来すると、江﨑先生はおっしゃっています。サイバー空間が主役で、実空間が脇役のシステムになる「サイバーファースト、フィジカルセカンド」の世界です。
江﨑 現在よくあるIoTは、実空間のコピー(デジタル化)を行い、そのうえで実空間をコントロールしようという枠組みを、基本的には超えてはいません。依然として、実空間のほうから考えているわけです。
しかし、こうした「フィジカルファースト」から、サイバー空間を前提に実空間のシステムを再定義する「サイバーファースト」へと逆転しつつあります。
――詳しく教えてください。
江﨑 「サイバー空間で全部設計して、実空間に“プリントアウト”すればいい」というのがサイバーファーストの考え方です。デジタルですから、実空間への“出口”を作っておけば、いつでも必要なところに出力できます。
実空間のモノは遅いんですよね。時速50kmくらいのスピードでしか運ぶことができない。ところがデジタルにすると、光速で移動できるようになります。
モノの設計を全部デジタル化して、世界中の必要なところで生産するようにすれば、時間と輸送コストがドラスティックに変わり、物流が根本的に変わるでしょう。
物流における20世紀最大の発明は、コンテナ・パレットでした。コンテナ・パレットという共通インフラに何でも搭載し、列車でも飛行機でも輸送可能になったおかげで、それまでのサイロ型物流システムが全部シェアリングエコノミー型のシステムに生まれ変わったのです。物流システムは第三者が持ち、皆が利用料を支払ってそこに送りたいモノを載せればいいと変わりました。
所有と利用のアンバンドル(分離)という大革命でした。
――工場などの生産設備についても、同様に所有と利用のアンバンドルが起き、消費者の近くで“プリントアウト”すればよくなるということですか。
江﨑 そうした変化は、すでに起こりつつあります。なぜなら工場自体は今、ほとんどコンピューターになっているからです。いわゆるスマートファクトリーです。
私の知っているある酒蔵は、東日本大震災で被災しましたが、迅速に復興できました。その工場はコンピュータープログラムで動いており、そのため“複製”も容易だったからです。
サイバーファーストで工場をデザインしておくと、ファンクションがデジタル化されているので、簡単に“出口”を変えられます。例えば、トランプが輸入関税をかけるといった瞬間、アメリカへ工場を移せるようにもなるわけです。
ハードウェアを抽象化し、ハードウェアに依存することなく、ソフトウェアでファンクションを動かせるようにすることで、アンバンドルは実現します。
まさにクラウドサービスもそうですよね。物理マシンを仮想化したことで「サーバーはどこに置こうが構わない」ということになり、そうなると「そもそも所有しなくてもいいではないか」となったわけです。完全にサイバーファーストです。