新型コロナが国内回帰の契機にここまで製造現場におけるCPSの動向を紹介したが、海外と比べると日本企業のCPS導入は遅れている。
シーメンス代表取締役社長兼CEOの藤田研一氏は「総論賛成、各論困難」という言葉で日本の現状を表現する。
シーメンス 代表取締役社長 兼 CEO 藤田研一氏
すなわち「CPSに関心があり必要性も理解しているが、国内の設備投資額が少なく実現できずにいる」というのだ。多くの企業が、より製造コストの安価なアジアや中南米などに生産拠点を移しているため、海外の新設工場は最新鋭の設備でデジタル化を実現する一方、国内の基幹工場はデータの取得すら難しい古い設備を使い続けるという“逆転現象”が起きているという。
ただ、こうした状況も今後は変化する可能性がある。
新型コロナウイルスの感染拡大は、グローバルのサプライチェーンに多大な影響を及ぼしており、「海外の工場で生産している部品が届かない」といったトラブルが続出している。米中貿易摩擦のような地政学リスクもあいまって、製造拠点の国内回帰の動きが加速しつつあるからだ。「デジタル技術をフル活用すれば製造コストが海外と変わらないことが分かれば、国内で作って国内で売る“地産地消”の発想が出てくるかもしれない」と藤田氏は見る。
サービス化に動き出した東芝日本の製造業でCPS導入が進まない要因に「匠の技術への過度の依存」を挙げるのは、野村総合研究所の藤野直明氏だ。
ものづくりの現場は、「匠」と呼ばれる一部技術者の「経験と勘」に長らく依存してきた。
CPSは、経験と勘という属人化・ブラックボックス化していた事象を定量的に分析し、スケーラブルな活用を可能にする。
もちろん、匠の経験と勘は重要だ。しかし、匠の高齢化が進み、あと5年ないし10年もすれば引退の時期を迎える。「経営者は今が最後のチャンスであることを理解し、CPSで匠の技術を形式知化、組織知化すべき」と藤野氏は強調する。
日本では、工場におけるCPSの導入メリットとして、目先のコスト削減や効率化がクローズアップされがちだ。これに対し、「海外の企業は、IoTデータを活用し、製品販売からPSS(製品サービスシステム)へとビジネスモデルを変革しスケールアウトできる事業の仕組みを構築、成長を加速することをCPSの目的としている」(藤野氏)。
かつて、日本の携帯電話メーカーは一世を風靡した。しかし、スマートフォン時代に入ってサービスが付加価値の源泉となり、端末のコモディティ化が進み、日本メーカーの競争力は一気に低下した。
CPSによるデジタル化を怠れば、今後さらに加速するPSSなどサービス化の流れに取り残されることになる。
そうした中で、いち早く動き出したのが東芝だ。
同社は、事業セグメントを新たに「デバイス・プロダクト」「インフラシステム(構築)」「インフラサービス」「データサービス」と機能別に分類。このうちインフラの運用・保守を行うインフラサービスを中長期的に重要なセグメントと位置付けているが、その成長のカギを握るのがCPSだ(図表2)。
図表2 東芝の新事業セグメント
CPSの活用により、インフラで得られた情報を元に付加価値を提供するデータサービスへの転換を図ろうとしているのだ。東芝の中村氏は「インフラのより効果的な使い方といったナレッジを付加価値サービスとして提供することも可能になるかもしれない」と予想する。
CPSがビジネスモデルにもたらすインパクトの大きさを理解し、早めに一歩を踏み出すことが、近い将来、大きな差を生むことになりそうだ。