「従来の11acや11nよりも法人市場への浸透が早いのではないか」。IEEE 802.11ax(Wi-Fi 6)の今後について、IDC Japan コミュニケーションズ グループマネージャーの草野賢一氏はこのように語る。
無線LANの最新規格であるWi-Fi 6は、前世代の11ac(Wi-Fi 5)から新たな機能がいくつも盛り込まれた。なかでも1つのチャネルを複数の端末に分割して割り当てる「OFDMA」の採用や、「MU-MIMO」がアップリンクでも必須になったこと、ストリーム数が4本から8本に拡張されたことにより、複数のクライアントと効率的に通信可能になった点が重要な特徴だ。また、端末側の電力消費を抑える「Target Wake Time」(TWT)」という機能も盛り込まれている。「IoTシステム向けの使い方も有効」(草野氏)な規格となっているため、多様なシーンでの利用が期待できそうだ。
IDC Japan コミュニケーションズ グループマネージャー 草野賢一氏
ユーザーもベンダーも期待法人市場におけるWi-Fi 6の普及スピードが従来規格よりも早いと予想されるのは、無線LANベンダーの動きが過去とは異なっているためだ。「コンシューマー向け製品と企業向け製品の投入に差があまりない」と草野氏は説明する。
通常、無線LANの新しい規格が出ると、まずはコンシューマー向けルーターなどの製品から販売され普及していく。無線LAN用のチップを開発する半導体メーカーからすると、法人向けには高い品質が求められるため、単純に開発の時間がかかることが大きな理由だ。
また、ユーザー企業も対応端末の普及を待って新規格の無線LANへ移行する傾向にあるため、ベンダーは端末の普及を待ちつつじっくり開発した方が合理的だった。
ところが今回はその時間差が短い。国内で初めて発売されたWi-Fi6対応ルーターは2018年12月の「RTAX88U」(ASUS製)だと思われるが、シスコシステムズやHPE Arubaといったベンダーが法人向け製品を国内で発売したのは2019年5月と約半年ほどしか差が無い。「11nと11acの時は、コンシューマー向けが出てから1年以上、2年近く経過してから企業向け製品が出てきた」(草野氏)。従来と比べてかなり早いタイミングでのリリースであり、ベンダーの法人向けWi-Fi6市場への期待の高さがうかがえる。「今や企業においてもネットワークアクセスは無線が中心だ。そのためベンダーも注力し、ビジネス的なボリュームも拡大している。過去に新規格が出た時と比べ、ベンダーにとっても無線LANの優先度が高くなっているのが大きな理由だろう」
ユーザーの意欲も高い。IDC Japanが企業のIT管理者向けに実施した調査では「Wi-Fi 6を知らないユーザーは5%ほど。導入タイミングは別として、Wi-Fi6の無線LANを導入したいと考えているユーザーも約6割に上った」と草野氏は語る。
Wi-Fi 6では無線区間のスループットが規格上は9.6Gbpsへ高速化する。真価を発揮するためには有線区間の高速化も必要となるため、有線ネットワークのリプレースも加速しそうだ。スイッチなどは故障も少なく、配線を引き直すのも面倒なため、有線ネットワークの更新を後回しにしてきたユーザー企業は多いだろうが、Wi-Fi 6がきっかけになるのである。
ユーザー企業にとっては、いつWi-Fi 6を導入するかも悩みどころだが、「2020年後半にはそうした悩みがなくなるかもしれない」とも草野氏は語る。
Wi-Fi 6対応端末はまだ少なく、Wi-Fi 6環境を構築しても今すぐにメリットを享受できるわけではない。
ただ、端末のライフサイクルは基本的に無線LANアクセスポイント(AP)よりも短く、普及も時間の問題だ。無線LANは下位規格との互換性もあるため、あまりデメリットにはならないだろう。加えて、エントリークラスのWi-Fi 6対応APなども出始めており、早い時期に価格面でも問題が無くなりそうだからだ。