基地局にアプリを配置し低遅延を実現
次に(2)のネットワーク遅延の要件について見ていきたいと思います。
Technology Vision 2020ではこれを0.01秒以下に抑えることを目標に置いています。
遅延に対する許容度はアプリケーションによってかなり異なっており、携帯電話の音声通信の場合はエンド・ツー・エンドで150ms(0.15秒)、テレビ電話もほぼ同じです。Webページは意外に許容範囲が広く、1秒から数秒程度は待ってもらえます。
これに対してゲームやタッチレスポンスが必要なアプリケーション、さらにはマシン間通信でもグリッド保護(電力制御)や自動運転などでは、10~50msと遅延を非常に小さく抑えることが求められます。これは5Gで対応することになるかもしれませんが、証券や為替などの売買をプログラムで自動的に行う「超高速取引」ではエンド・ツー・エンドで遅延を数ms以下にする必要があります。
では、この0.01秒以下の遅延を実現するには何をすればいいのでしょうか。一番分かりやすいのが帯域幅を拡大することです。スループットが向上すれば遅延も小さくなります。ここで重要なのは、無線区間だけでなくバックホール、基地局とコアネットワークをつなぐネットワークも広帯域化・高速化する必要があることです。日本ではすでにバックホールには主として光回線が使われるようになっていますが、ノキアでは2020年には世界の50%の基地局が光ファイバーでつながるようになると考えています。
図表2 帯域幅増大による遅延低減[画像のクリックで拡大] |
低遅延を実現する上で、もう1つ見逃せないものに通信距離があります。光ファイバーやメタリックケーブルでは物理法則上1000kmあたり10ms程度の往復遅延が発生します。途中のルーターやスイッチでバッファリングが行われますからここでも遅延が生じます。現在のネットワーク構成では、遅延を先程の数ミリ秒以下のレベルに抑えるのは難しいといってよいでしょう。そこで、ノキアではアプリケーションを基地局でキャッシュすることで、この問題に対処できないかと考えています。
私どもが提案している「Liquid Application」という製品は、基地局装置に内蔵したサーバーの仮想マシン上で低遅延を必要とするアプリケーションを動かすことで、この距離の問題に対処しようとするものです。今後AR(Augmented Reality)コンテンツなどの遅延にシビアなアプリケーションが増えてくることで、この種の製品へのニーズが高まってくるのではないかと期待しています。
図表3 <0.01秒遅延を実現するソリューション例[画像のクリックで拡大] |
SDNとNFVは2020年に向けたネットワークの2枚看板
ネットワークの運用コストを抑える意味で重要となるのが、(3)の制御の自律化と(4)の消費電力のフラット化です。
移動通信ネットワークはLTEや3G、Wi-Fi、将来的には5Gも入ってくるかもしれませんが、複数のシステムを組み合わせてトラフィックをさばくようになってきています。こうした傾向がさらに進むとネットワークの運用は非常に大変になります。
現在、通信事業者の収入の15~20%がネットワークの運用に費やされていると言われますが、ネットワークが複雑化すれば管理コストはさらに大きくなり、障害への対応も大変になります。
そこで、これには少し夢のような部分も入っているのですが、ネットワークに人口知能的な仕組みを適用して自律的に制御することが必要になるのではないかということをビジョンの1つとして掲げました。
(4)の消費電力のフラット化は、最新の省エネ技術を駆使することで容量を1000倍にしてもネットワークの消費電力は現状と同程度に抑えようということです。これができないと恐らく1000倍という世界は実現しないのではないでしょうか。
加えて2020年のモバイルネットワークで不可欠になると考えられるのが(5)の「クラウド化」です。
ここでいうクラウド化というのは、モバイルネットワークの機能を仮想化しクラウドの上で動かそうとするアプローチで、NFV(Network Function Virtualization)と呼ばれているものです。
クラウド化が必要とされる理由の1つに、先程から申し上げているトラフィックの急増、特にGoogleなどのOTTと呼ばれるプレイヤーの登場による予想不可能なトラフィックの増加に対処する必要が生じてきたことがあります。そこでビットあたりのインフラコストを低減すると同時に、トラフィックの変動に柔軟に対応できる仕組みとして、この技術が注目されるようになったわけです。加えて、開発サイクルを短縮し、新サービスを生み出しやすくすることもクラウド化の大きなメリットと言えます。
クラウド化(NFV)は昨年ごろから注目されるようになった新しいコンセプトですが、ノキアでは2011年からLiquid Coreという名称でこの分野への取り組みを進めてきました。標準化団体のETSIで進められているNFVの標準化にも積極的に参画しています。
図版4 Liquid Core NFVアーキテクチャ[画像のクリックで拡大] |
このクラウド化に近い技術にSDN(Software-Defined Networking)があります。これは制御信号(Cプレーン)とユーザーデータ(Uプレーン)を分離し、ネットワークをソフトウェアで制御することで、トラフィックの増大やネットワーク構成の変更などに柔軟に対応できるようにするものです。SDNとNFVは、2020年に向けたネットワークの2枚看板といえるのではないでしょうか。
SDN/NFVが活用される次世代ネットワークでは、仮想化された様々なネットワークの機能を管理・最適化するオーケストレーターと呼ばれるソリューションが重要な役割を果たします。ノキアでは2020年に向け、その開発を急ピッチで進めているところです。