「量子中継」が焦点に
こうした使い方は、「量子ノードの間で『量子もつれ』を配ることができれば、すべて可能になる」と東氏。将来的に量子インターネットプロバイダーが誕生するなら、この「量子もつれを売ることがその仕事になる」。
量子もつれとは、複数の量子が強い相関関係を持ち、どれほど離れていても一方を測定すればもう一方の状態が決まる現象のことだ(図表1)。量子通信も量子コンピューターも、この量子もつれを基本原理とする。
図表1 量子もつれ状態(エンタングルメント)

量子の世界における「万能なリソース」である量子もつれは、ひとりでに生成されないため、誰かが代表して作って光ファイバー等を通じて相手に送ることになる。ただし、この光は非常に微弱で、ファイバー内で損失が発生すると量子もつれは共有できない。距離が伸びるほどに成功率は減少し、送受信者を直接つなげるポイント・ツー・ポイント(P2P)方式の場合、400km程度が限界とされる。
そこで、地球規模の量子インターネットを実現する鍵となるのが「量子中継」だ(図表2)。量子状態そのものを中継転送する技術である。
図表2 量子中継

量子中継には2つの方式がある。
1998年に発表され、今なお研究開発の主流となっているのが量子メモリを使う方式だ(図表3の左)。隣接する中継地点間で量子もつれを生成し、それを量子スワッピングと呼ばれる操作によってつなげて延伸する。ここでポイントとなるのが、量子もつれが完成するまで一定時間、量子もつれを保持しておく必要があることだ。
図表3 量子中継の2つの方式

このメモリ方式の量子中継器を開発するのが横浜国立大学発スタートアップのLQUOM(ルクオム)だ。代表取締役の新関和哉氏によれば、量子中継器の開発と実用化には「量子もつれを生成する光源と、量子メモリを効率的につなげる技術が重要」。LQUOMはその両方に加えて安定化技術、波長変換技術という量子中継に必要なすべての技術を有する点が強みだ。「量子もつれを生成する量子光源のパッケージ化にも成功した。顧客企業への納入、政府調達を通じた提供をすでに始めている」という。

LQUOM 代表取締役 新関和哉氏
また、LQUOMはソフトバンクと共同で、既存の光ファイバー網を使用した量子もつれを担う光子の伝送実験にも成功。実装段階を見据えた取り組みも始めている。
NTTが目指す「全光量子中継」
メモリ方式は世界中で研究開発が進んでいるが、メモリを使うための待ち時間が発生し、通信レートの向上に限界が生じるという課題もある。
そこで、2015年にNTTが発案したのが「全光量子中継」だ(図表3右)。最大の特徴は、量子メモリが不要なこと。待ち時間なしで動作するため、距離が伸びるほど待ち時間が増えて通信レートが落ちることがない。また、量子メモリの素材となる物質と光とのインターフェースが不要、光学素子や光源、光子検出器等の光デバイスのみで構成できるといったメリットがある。
この2方式には一長一短があり、現時点でどちらが優位とは言えない状況だ。近年、両方式ともに研究開発が大きく進展しているうえ、「量子中継の研究開発は海外が5年ほど先にスタートしていることもあり、日本は一歩遅れていると認めざるを得ない」と、物性研 量子科学イノベーション研究部 部長の武居弘樹氏は話す。

NTT物性科学基礎研究所 量子科学イノベーション研究部 部長 武居弘樹氏
日本は2023年から、総務省事業として「量子インターネット実現に向けた要素技術の研究開発」を開始。NTT、NICT、横浜国大らが参加するが、欧米は2010年代後半にスタートを切っている。EUは2018年に大規模プロジェクト「Quantum Internet Alliance」を開始。米国も同年開始の「National Quantum Initiative Act」で量子通信の研究に多額の研究資金を投下している。
ユニークなのは中国だ。2016年に量子通信衛星を打ち上げ、QKDや量子テレポーテーションの実験を行っている。自由空間はファイバーに比べて伝送効率がよく、中継なしに長距離量子通信を行うのが目的だ。













