セルラーネットワークは基本的に、全ユーザーに同じ性能を提供する画一的なネットワークだ。
例えば事故現場で、医療行為を行う救急隊員が患者の状態を撮影し、医師に送って連携しながら処置を行う場合を想定しよう。現在のネットワークでは救急隊員も、その様子を動画に撮ってSNSに上げる野次馬も同じ性能の無線通信を利用する。
だが、Beyond 5G時代には次のように様変わりしているかもしれない。
NECと東京大学が共同開発するBeyond 5G技術の活用シーン
街なかを写すカメラ映像から、医療行為を行っている人をAIが自動的に判別し、そのユーザーへ優先的に通信リソースを割り当てる。同時に、周囲の緊急性が低いユーザーが使う帯域を制限し、現場と医療機関のコミュニケーションが安定的に行えるように制御する。
このように、ユーザーの位置や状態、利用するアプリケーションなどをネットワーク側が把握し、それによって通信品質やセキュリティ機能を動的に制御する技術を開発しているのが、東京大学とNECだ。
人・場所・時間に応じて最適化された「論理的セル」
東京大学大学院工学系研究科とNECは2022年2月に、産学連携活動として「Beyond 5G価値共創社会連携講座」を開設した。
目的は、高周波数帯の特性を活かした、Beyond 5G時代に求められる新たな通信技術を確立すること。その技術とは、「今だけ・ここだけ・あなただけ・安心安全堅牢な通信」。ユーザーの状態、場所、ニーズに応じて、特定の利用者のみがアクセスできる安心・安全な通信環境を提供するための技術だ。誰にどんな通信環境が必要なのかをAIが自動判別し、通信リソースをきめ細かく動的に制御する。
東京大学とNECがこの新技術開発で狙うのは、「通信セルの概念」を変えることだという。
これまでの携帯電話ネットワークは電波が届く範囲と、ユーザーが求める代表的な要件(2K映像データが出せる範囲など)を元に物理的な通信セルを設計し、その中で全ユーザーに画一的なサービスを提供していた(下図表の左)。
通信セルの概念の変化
しかし、そうした通信インフラのままでは、今後ますます多様化するアプリケーションの要求に応えることは難しくなる。通信リソースは有限であり、それを効率的かつ柔軟に各ユーザー/アプリの要求に応じて提供できるようにする技術が必要だ。
これからの通信では、個々の利用者に最適化された「論理的セル」が作られると両者は予想する。その通信要件は、先述のようにユーザーの状態や場所、時間、サービス要求などによって決まる。5Gでは、アプリ/サービスの要件に応じて性能が異なるネットワークスライシングが利用できるようになる予定だが、それよりも多様な情報を活用し、かつリアルタイム性の高い制御を行うのが目的だ。
論理的セルの使い方と効果
これにより、冒頭で述べた以外にも多彩なサービスが可能になる。例えばイベント会場で、特定のユーザーが「VIPエリア」でのみプレミアムコンテンツを視聴できるVIP限定サービスが考えられる。あるいは、自動運転車や自動搬送ロボットの制御において、事故リスクの高い交差点や人の多い場所を論理的セルに設定。そこを通過する際に超低遅延通信を提供することで、より精密に走行を制御することが可能になるという。