「公共ブロードバンド移動通信システムとしてWi-RANが2~3年前から使われ始めた。これから利用が大きく広がっていくと期待している」
日立国際電気の浅野勝洋氏は、200MHz帯を使う広帯域IoT無線「Wi-RAN(Wireless Regional Area Network)」の現状をこう説明する。
日立国際電気 ソリューション統括本部 基盤ビジネス本部 専門部長 浅野勝洋氏
公共ブロードバンド移動通信システム(以下、公共ブロードバンド)は、災害等の現場で公共機関が機動的かつ確実な映像伝送を実現するための自営無線システムだ。運用帯域として地上テレビ放送のデジタル化で空いたVHF帯の一部(170~202.5MHz)が割り当てられている。物陰に電波が回り込みやすいVHF帯の特性から、山間部やビルなどの建造物による見通し外通信でも良好な映像伝送が可能なのが特長だ。1チャネル当たりの帯域幅は5MHzで、32.5MHz幅の帯域内に6チャネルを配置できる。
この公共ブロードバンドが制度化されたのは2010年のこと。翌2011年、「ARIB STD-T103」として公共ブロードバンドの技術仕様は策定された。Wi-MAXをベースに開発されたもので、伝送距離は最大でおよそ30km、最大8Mbps程度での通信が可能だ。
「ARIB STD-T103は、Wi-MAXの規格に比べ、低い周波数帯を利用するため、反射波の影響を強く受ける。そのため、Wi-MAXをVHF帯特有の伝搬特性に最適化し、比較的大きな遅延広がりに耐える無線仕様となっている」と浅野氏は説明する。
4K伝送、上空利用も可能に
Wi-RANは、京都大学の原田博司教授と日立国際電気との共同開発成果を適用した公共ブロードバンドの「拡張仕様」で、2018年に「ARIB STD-T119」として標準化された。
Wi-RANの特長として、まず挙げられるのが、多段中継機能の実装だ。公共ブロードバンドは、主に2点間のポイント・ツー・ポイント通信に用いられているが、マルチホップに対応するWi-RANが利用可能になったことで、中継局を追加して通信距離を延長したり、障害物などがあって直接通信できない場所との通信を実現できるようになった。
Wi-RANのマルチホップ技術は、「蓄積型時分割中継方式」と呼ばれるもので、中継を行う無線機に受信した信号をいったん蓄積し、別のタイムスロットで送り出す。この方式では、1つの周波数チャネル内で2ホップ以上の多段中継により総延長数10kmの長距離通信を実現できる。
屋内仕様のWi-RAN無線機、右が出力1Wタイプ、左が5Wタイプ
災害時等における、臨時無線ネットワーク構築の容易さも大きな特長だ。無線機を設置して電源スイッチを入れるだけで、無線機同士が情報をやり取りし、最適な通信回線を自動的に構築できる機能を持っている。
2021年のARIB STD-T119の改定では、Wi-RANにさらなる長距離通信機能も追加された。30km程度までの距離での通信を前提に設定されていたギャップタイム(上り、下りの信号の衝突を回避するための隙間時間)を拡大し、最大120kmの長距離通信に対応できるようにしたのだ。
災害対策や人命救助などで要望が強かった上空利用も、2021年1月の制度改正で認められている。
もう1つ見逃せないのが、こうしたWi-RANの機能を活かせる周辺技術の開発が進んできたことだ。
災害現場の状況把握に利用される公共ブロードバンドでは、高精細映像伝送へのニーズが高いが、4K映像の伝送には15~25Mbps程度の伝送速度が必要となり従来は対応できなかった。この問題に対し、画像処理会社が、3~5Mbpsで4K映像を伝送できる圧縮技術を開発し、2020年に4K映像をWi-RANで配信する実験に成功している。