イチからわかるネットワーク時刻同期

5Gの普及等を背景に、通信ネットワークにおける時刻同期の必要性が高まっている。リアルタイムアプリの安定運用に不可欠なこの時刻同期は、どのような仕組みで実現されるのか。その基本から解説する。

時刻同期の方法「NTP同期はミリ秒レベル 通信遅延による誤差を補正」NTPは1985年に初めて標準化された、インターネットの世界でも最古の通信プロトコルの1つである。ネットワーク遅延による時刻情報のズレを補正する仕組みを備えており、誤差数ms以下の時刻同期が可能だ。

配信の仕組みは階層構造となっており、各階層はStratumと呼ばれる。基準クロックを持つ最上位階層(原子時計やGNSS:Stratum 0)から、パルスを直接受け取るStratum 1へ、そしてStratum 2/3以下へと時刻情報(タイムスタンプ)を載せたNTPパケットを受け渡す。

下位層は単に時刻情報を受け取るだけでなく、継続的に上位層との通信遅延を計測し、それを基に受け取った時刻情報を補正して、さらに下位層に対して時刻情報を送る。このタイプスタンプはソフトウェアで行うため、OSの遅延の影響を受ける。

前述の時刻供給サービスもNTPによって時刻情報を提供しており、ユーザー側はNTPパケットを受け取り、時刻情報を管理してLANへ配信する「タイムサーバー」を用意する必要がある。

PTPが高精度な2つの理由

PTP方式は、1μs以下の高精度な時刻同期が可能だ。その仕組みは、GNSSで取得した基準時刻を管理する「グランドマスタークロック(GMC)」が核になる。タイムサーバーと同様の役割を持つが、より高精度に時刻情報を管理・配信するための機能を備える。

PTPも、パケット単位にタイムスタンプを載せて時刻情報を配信する仕組みだが、NTPと大きく違う点が2つある。タイムスタンプをハードウェアレベルで行うこと、途中経路のネットワークを「PTP対応」にする必要があることだ。

NTPではタイムスタンプをアプリケーション層で行うのに対し、PTPは物理層で打刻するため、ソフトウェアタイムスタンプのようにデータリンク層より上への出入りがなく、遅延・ゆらぎを抑えられる。加えて、パケットを伝送するイーサネットスイッチ(PTP対応スイッチ)には、自装置内の遅延・ゆらぎを抑えるための機能も実装する。「バウンダリークロック(BC)」「トランスペアレントクロック(TC)」と呼ばれる機能だ。

BCは、上位の時刻源(マスター)に対してスレーブとして機能し、時刻を同期した後、下位装置に対してマスターとして時刻を配信する。その際、スイッチ内で誤差を補正し、クロックを再生成して次に供給。これを繰り返して正確な時刻を受け渡していく(図表4の上)。

一方のTCは時刻情報を透過する仕組みだ。ただし、1つ1つの装置内でパケットの滞留時間(遅延)を計算し、PTPヘッダに書き込んで配信する。最終的にスレーブ装置側で計算を行い、GMCと時計を合わせる(図表4の下)。

図表4 PTP対応ネットワークの仕組み

図表4 PTP対応ネットワークの仕組み

「GNSSなら大丈夫」は禁物

このようにPTPでは高い精度を実現できるが、1つ落とし穴として注意したいのが、PTPと組み合わせて使用されるケースが多いGNSSの「脆弱性」だ。

GNSS受信機さえあれば常に正確な時刻情報が得られると考えがちだが、実際はそうではない。東陽テクニカ 情報通信システムソリューション部 部長の徳道宏昭氏は「GNSSの信頼性は『神話』。脆弱性を考慮したシステム設計が重要だ」と指摘する。

GNSSの脆弱性とは次の通りだ。

高度約2万kmを飛ぶGNSS衛星の信号は非常に弱く、散雷やジャミング(妨害電波)に弱い。しかも、民間で利用できる衛星は限られているので、衛星を補足できない時間帯も存在する。信号をロストすれば当然、基準時刻も失われる。

カーナビ等の民間サービスが無償で簡単に利用できるように、GNSS信号は暗号化もされていない。そのため、スプーフィング(なりすまし攻撃やの改ざん)が容易にできる。実際、攻撃は年々増えているという。

これらの理由から、衛星信号が受信できなくなった場合の対策を考えておくことは、PTP時刻同期システムの構築において大前提となる。

この可用性を高める役割を担うのがオシレーター(発振器)だ。GNSS信号をロストした場合にも基準時を刻み続け、その正確性を保持するバックアップ機構であり、この機能を「ホールドオーバー」と呼ぶ。

基準時はどう保持する?

発振器には水晶やルビジウム、セシウムが使われる。水晶(OCXO)発振器は小型で、タイムサーバー/GMCにGNSS受信機とオシレーターを搭載したものも多いが、それとは別に、より高性能なルビジウム/セシウム発振器を組み合わせることも可能だ。

OCXO搭載のGNSS受信機を開発・販売している古野電気の橋本氏によれば、GNSS信号のロスト時でも、5G基地局において基準となる「±1.5μs以内の誤差を24時間保持できる」。また、衛星信号を受信しにくいビル間等の環境での使用を考慮し、誤差の大きな反射波を排除して直接波だけを選んで使う「ダイナミック・サテライト・セレクション」機能をGNSS受信機に搭載することで、確度を向上させている。

コアネットワークや放送/IP映像伝送システム、工場内ネットワークなど設置環境に余裕があり、高い可用性が求められるケースでは、より高性能なルビジウム発振器やセシウム発振器も有用な選択肢になる。例えば、東陽テクニカが提供する光励起セシウム発振器は、時刻情報を100ns以下の誤差で14日以上保持することが可能だ。

同社は、GPS衛星よりも低軌道なイリジウム衛星を使って、GNSS信号の1000倍の強度を持つSTL信号で時刻情報を配信する「Satellite Time Location」も提供している。これも可用性を高める方法の1つになろう。

また、ジャミングやスプーフィング対策としては、不正信号を監視し、検知時に即座に信号を遮断する「GPSファイアウォール」も活用できる。

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月刊テレコミュニケーション2021年12月号から一部再編集のうえ転載
(記事の内容は雑誌掲載当時のもので、現在では異なる場合があります)

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