AIがRANを進化させる日 ドコモが低レイヤからの変革に挑戦

AIはキャリアのネットワーク運用に既に活用されているが、スループットの改善などネットワークそのものを変革しようとしている。ドコモでは低レイヤにAIを適用して、スループットなど性能向上を掲げている。

NTTドコモはAI技術を用いたネットワークの高度化に乗り出す。キャリアネットワークでは現在、障害検知やビーム幅などネットワークパラメーターの最適化などにAIが活用されている。既存の運用システムと連携してデータを収集・分析し、ネットワーク運用の自動化や効率化を実現しているが、今までは従来の人間の業務をサポートしたり、人間の代わりを果たすユースケースが目立っていた。

ドコモではそこに留まらず、スループット向上、ハンドオーバーの精緻化など、ネットワーク性能自体のさらなる高度化をAIで目指している。

必要となるのは低レイヤの刷新である。従来、専用ハードウェアで実現されてきた基地局機能などをソフトウェア化し、AIが学習を積み重ねながら、ネットワークをどんどん高度化していける仕組みが必要になる。

単純な処理性能という観点では、ASICによるハードウェア処理の方が圧倒的に有利だ。「低レイヤの処理遅延への要求は厳しく、機能性と処理速度を両立できるAIアルゴリズムの設計は従来難しかった」(ドコモ北京研究所 所長の陳嵐氏)。

しかし、AIの処理能力の土台となるGPUの進化がこの事情を変えた。ドコモは現在、RAN(Radio Access Network:無線ネットワーク)の機能をAIで高度化する「AI for RAN」という構想を掲げ、その実現に取り組んでいる(図表)。

図表 無線ネットワークへのAIの適用(AI for RAN)

図表 無線ネットワークへのAIの適用(AI for RAN)

最大40%の容量拡大AI for RANは、レイヤ1(物理層)の変革を目指す「iPHY(アイファイ)」と、レイヤ2(データリンク層)の変革を目指す「dMAC(ディーマック)」の2大研究プロジェクトから構成されている。両者の実現により「基地局装置やその配下にある移動局、あるいは隣接する基地局とのやりとりなどの効率化等を目標にしている」とドコモ北京研究所 ソリューション部長の川合裕之氏は説明する。

具体的には、「ユーザー体感の改善を目指す。ケースバイケースになるが、iPHYとdMACの両方が実現することで、受信機の性能向上や送受信機間の信号のやり取りを減らすことによるユーザスループットの向上や送受信容量の数10~40%の改善が見えてくる」と陳氏は展望する。

iPHYでは大きく、(1)シンプルなエアインターフェースの実現と、(2)汎用の送受信装置による構成の柔軟化の2つに取り組んでいる。

現状の無線通信システムでは、データの送受信が行われる前に、受信機がまず送信機側で送信された参照信号を用いて、自分のチャネル状況を送信側に知らせる等のプロセス(フィードバック)等が必要である。現状の物理層の課題について、「このような参照信号やチャネルフィードバックによるオーバーヘッドが大きいことと、データを送受信する前に遅延が発生する」と陳氏は解説する。AIを用いることでチャネル状況を受信側が測定してフィードバックするプロセスが短縮され、また受信側が過去の状況や周囲の情報を利用してチャネル推測をすることで、オーバヘッドと遅延が改善できる。

ドコモ北京研究所 所長 陳嵐氏
ドコモ北京研究所 所長 陳嵐氏

さらにより多くのチャネル情報を送信側にフィードバックするためには、AIを用いて圧縮すると、少ないオーバーヘッドでより多くの情報を送ることができる。「まずは、現状のコードブック(による圧縮)方式を凌駕する新しい方式を、AIなどを活用して開発することも、iPHYの重要なポイントだ」と陳氏は話す。

(2)送受信装置構成の柔軟化は、専用ハードウェアの機能を徐々にAIを搭載した汎用モジュールに置き換えていくことで実現する。こうすることで、「様々な送信信号に柔軟に対応できる」ようになるという。

信号に柔軟に対応できると、例えばチャネル推定処理が効率化される。チャネル推定処理とは、受信した信号を正確に復号するため、信号の減衰量などチャネル内の情報を推定する処理のこと。

現状は、サブキャリア内の信号をもとにある程度パターンに分けてチャネル情報を推定しているが、AIが伝搬環境やユーザーの状況を学習してチャネル情報を精緻に予想できるようになれば、復号時の誤りが減り通信品質の向上につながる。チャネル推定以外にも信号検出や分離などの処理も精緻化が期待できるという。

iPHYについて「最初は高度特定基地局にある受信機内部のモジュールや、その周辺のエッジサーバーなどからAIが搭載されるように処理負荷を低減する方式を探っている」と陳氏は述べる。

月刊テレコミュニケーション2020年10月号から一部再編集のうえ転載
(記事の内容は雑誌掲載当時のもので、現在では異なる場合があります)

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