「ローカル5Gに価格破壊を」中尾東大教授インタビュー

「ローカル5Gの価格破壊を実現できなければ、『幻滅』で終わってしまう」日本の5Gをリードしてきた東京大学の中尾彰宏教授は、こう使命感に燃える。価格破壊のカギの1つは基地局のソフトウェア化だ。これには各産業のユーザー企業によるカスタマイズが容易になるという、もう1つの重要なポイントがある。中尾教授は、ローカル5Gの多様なカスタム化の先に、6Gへの道も探る。


――いよいよ日本でも5Gが始動します。中尾先生は、数多くの5Gの実証実験に携わってきましたが、5Gの実力をどう捉えればいいですか。特に通信業界以外の各産業、いわゆる「バーティカル」に5Gが与えるインパクトについて、お考えをお聞かせください。

中尾 様々な5Gの実証実験を行うなかで、体感的に分かってきたのは「5Gはスマホの時代ではない」ということです。

私は、韓国や中国など他国の状況もいろいろと見ていますが、スマホで利用する5Gについては、「あまりインパクトがない」「違いが分かりにくい」ということが言われています。コンテンツは当然リッチになっていきますが、5Gのエリアは実際にはスポット的ですので、どこでもスマホで4K/8Kのビデオを観られる世界にはまだ到達できません。

バーティカルにとってインパクトが大きいのは、ドローンや8Kカメラ、ヘッドマウントディスプレイなど、通信モジュールを利活用する方向性だと強く感じています。

例えば北海道の新冠町では、8Kカメラのライブ映像を5Gで伝送し、競走馬の育成支援に活用する実証実験を行いましたが、8Kだと馬の毛並みの1本1本が本当に見えるのですね。馬の毛並みが分かると、馬の健康状態も一発で分かります。「これが5Gか」と皆さん驚かれますが、スマホでは見ないですよね。大型ディスプレイを用意し、遠隔から監視します。

また、広島県江田島市のカキの養殖場では、ボートと有線でつながった水中ドローンを5G越しに遠隔制御する実証実験を行いました。ヘッドマウントディスプレイを付けて遠隔から操作するのですが、遅延が少しでもあると大きな問題になります。しかし、タイムラグなく操作することができました。

――高速大容量と低遅延は5Gの大きな特色ですが、実証実験では期待通りの実力を発揮できているということですね。そして、この特徴を活かせるのはスマホだけではないと。

中尾 そうです。遠隔監視や遠隔制御が、最初に非常に伸びる領域だと思います。

ただ、課題は、需要と供給のミスマッチが起こりつつあることです。今、総務省の「地域情報化アドバイザー」の仕事で様々な地域を訪れていますが、いつも聞かれるのが「うちの町にはいつ5Gが来るのか」ということです。「ビジネスの話なので携帯キャリアに聞くしかないですね」と答えると、「じゃあ、まだ来ないんだね」と一気にトーンダウンされます。

この需要と供給のミスマッチを解決する有力な政策の1つとして、ローカル5Gがあるわけですが、私は「展開性」が重要と最近言っています。

展開性とは、デプロイのしやすさのことです。ローカル5Gの展開性を向上させ、ローカル5Gの導入を加速していく必要があります。

Wi-Fiのアクセスポイントくらいとまでは言いませんが、もっと安価な基地局が必要です。価格破壊を起こさなければいけません。価格破壊を実現できなければ、ローカル5Gは「幻滅」で終わってしまいます。

月刊テレコミュニケーション2020年4月号から一部再編集のうえ転載
(記事の内容は雑誌掲載当時のもので、現在では異なる場合があります)

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中尾彰宏(なかお・あきひろ)氏

1991年、東京大学理学部卒業。1994年、同大学大学院工学系研究科修士課程を修了し、同年、日本IBMに入社。米IBMのテキサスオースチン研究所などを経て、米プリンストン大学大学院コンピュータサイエンス学科にて修士号および博士学位を取得。2005年、東京大学大学院情報学環助教授に就任し、2007年に准教授、2014年から教授(現職)。東京大学 総長補佐、第5世代モバイル推進フォーラム(5GMF)ネットワーク委員会の委員長なども務める

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