<シリーズ> 5G時代のエッジ革命スマートシティとエッジコンピューティング エッジが市民を守る

悲鳴やガラスの破壊音、指名手配犯の顔などをリアルタイムにAIで検知し、市民の安全を守る。米ラスベガス市で今、エッジコンピューティングを活用したスマートシティプロジェクトが本格化している。

「エッジとは私たちがいる場所であり、私たちが赴く場所。エッジでは想像を絶するほど大量のデータが生成されているが、現在はエッジデータの94%が無駄になっている。この今は無駄になっているエッジデータを活用できれば、どれほどパワフルなことが実現できるだろうか」

7月末に開催されたイベント「HPE Discover Forum 東京」で、こう語ったのはHPE チーフマーケティングオフィサーのジム・ジャクソン氏だ。世界のITジャイアントたちが今こぞってエッジコンピューティングに注力しているが、その理由がジャクソン氏の言葉に凝縮されている。

「データは21世紀の石油」と言われる。しかし、エッジデータのほとんどは、使われないまま捨てられているのが現状だ。例えば、街中に数多く設置されている監視カメラの映像データもそうだ。その大半は、後から見返して事件・事故の証拠として活用するために使われているに過ぎない。

こうした現在は捨てられているエッジデータとAIなどが結び付くことで何ができるのか。AIが事件・事故につながる事象を見つけ出し、被害を未然に防止することも可能になる。そして、こうした仕組みに不可欠なのがエッジコンピューティングだ。膨大なエッジデータすべてをクラウドで処理することは現実的ではないからだ。

都市の安全にエッジコンピューティングを活用する取り組みはすでに始まっている。2017年、銃乱射事件により58人の犠牲者を出した米ラスベガス市もそうだ。同市は2018年9月、NTTグループとデルテクノロジーズをパートナーとして、エッジコンピューティングを利用したスマートシティの実証実験を開始、半年後の2019年2月に早くも商用化に踏み切っている。

図表 ラスベガス市における公共ソリューション[画像をクリックで拡大]
図表 ラスベガス市における公共ソリューション

通報前に事件を知るラスベガス市が採用したのは、監視カメラや音響センサーから得られる映像・音をエッジで分析し、事件・事故対応を迅速化するソリューションだ。

ダウンタウンに2016年に「Innovate.Vegas」の取り組みで設置されたイノベーション地区に、約30台のカメラと音響センサーを配備。その映像・音データは光ファイバー経由で市庁舎内のマイクロデータセンターにあるエッジサーバーへ送信され、リアルタイムにAIで分析される。AIが異常を検知すると監視員に通知し、必要に応じて警官や消防車を派遣する。エッジコンピューティングにより、迅速な一次対応を図っているのだ。「ラスベガス市の課題はレスポンス時間の短縮だった。通報を受けてから行くのでは遅い」と、NTT グローバルビジネス推進室 担当部長の中村彰呉氏は語る。

NTT 技術企画部門 担当部長の長谷部克幸氏(左)と、グローバル・ビジネス推進室 担当部長の中村彰呉氏
NTT 技術企画部門 担当部長の長谷部克幸氏(左)と、
グローバル・ビジネス推進室 担当部長の中村彰呉氏

現状AIで監視しているのは、群衆の増加や特定人物、車両の逆走、銃声や悲鳴、ガラスの破壊音などだ。群衆の増加を監視するのは、人が数多く集まると、喧嘩などのトラブルが発生する確率が高まるからである。撮影範囲内の人数をカウントし、しきい値を超えたらアラートが上がるようになっている。特定人物の監視については、登録された指名手配犯や迷子などの顔をAIが検出するとアラートを上げる。盗難車など、特定のナンバープレートの車両を検知することもできる。

市街地に設置したカメラ映像をAIが認識し、異常な動きをするクルマや、群衆の動きを監視する(画像提供:NTT)
市街地に設置したカメラ映像をAIで解析し、
異常な動きをするクルマや、群衆の動きを監視する(画像提供:NTT)

市の狙いは事件・事故へのレスポンス時間の短縮だが、エッジコンピューティングを採用したのは、その低遅延性を必要としたからではない。コンマ数秒の遅延が致命的になるわけではなく、遅延時間についてはクラウドでも問題なかった。

エッジコンピューティングを導入する必然性は、まずデータ量にあった。映像・音という大容量のエッジデータすべてをクラウドにアップロードして処理するのは効率的ではない。詳細は後述するが、ラスベガス市ではエッジでのリアルタイム分析に加えて、コアデータセンターでの予測分析も行っている。コア側に送っているのは、エッジでの処理を終えた後のメタデータ。これにより、「データ量を99.99%以上減らせている」(中村氏)という。

道路を逆走するクルマ(赤線で囲まれた車両)を検知した場面。逆走に気づいて正しい進路(手前から奥)に復帰する軌跡が黄色の線で捉えられている(画像提供:NTT)
道路を逆走するクルマ(赤線で囲まれた車両)を検知した場面。
逆走に気づいて正しい進路(手前から奥)に復帰する軌跡が黄色の線で捉えられている(画像提供:NTT)

同市がさらに重視したのは、市民のプライバシーだ。市民を捉えた映像・音データはエッジで処理されるため、ラスベガス市外に出ることはない。コアデータセンターに送られるのは、個人情報を含まないメタデータのみで、そのコアデータセンターも商用提供に伴いラスベガス市のあるネバダ州内に移設される。そして、すべてのデータの帰属権はラスベガス市にある。「ベンダー側のクラウドで映像・音データを分析するという提案だったら、おそらく採用されなかっただろう」と、NTT 技術企画部門 担当部長の長谷部克幸氏は話す。

今は市庁舎の中だけにあるエッジサーバーだが、今後は様々な場所に設置される可能性もある。NTTらは移動車両型のマイクロデータセンターも用意しており、例えばイベント期間中だけ、その近くにエッジコンピューティング環境を展開することもできる。

月刊テレコミュニケーション2019年9月号から一部再編集のうえ転載
(記事の内容は雑誌掲載当時のもので、現在では異なる場合があります)

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