ネパールと聞いて、世界最高峰のエベレストなどの山々が連なるヒマラヤ山脈のことを思い浮かべる人は多いだろう。そのヒマラヤ山中で今、あるプロジェクトが成果を上げ始めている。ワイヤレス通信の活用により貧困地域の発展を目指す「ネパール・ワイヤレスネットワーク・プロジェクト」だ。
2010年5月21日、グローバル人材支援協会の主催により、同プロジェクトの取り組みについて紹介するセミナーが東京都内で開かれた。その模様をレポートする。
人力発電も活用!
ネパール・ワイヤレスネットワーク・プロジェクトは、ワイヤレス技術を使ってネパール山間部の通信インフラを整備する取り組みだ。マハビール・プン氏が代表を務めるNGO、「E-Networkimg Research and Development(ENRD)」が推進している。
ENRD代表のマハビール・プン博士。アジアのノーベル賞といわれるマグサイサイ賞をこのネパール・ワイヤレス・ネットワーク・プロジェクトで受賞している。なお、同プロジェクトは多くのボランティアたちに支えられており、日本ITU協会やKDDIなども支援している |
プン氏がこのプロジェクトを始めた理由は、ヒマラヤ山中にある村の人々が貧困から抜け出すうえで、「コミュニケーションの問題が非常に大きな課題だった」からだという。何せヒマラヤの山の中である。隣村に行くのに数時間は当たり前。村と村の間の移動に数日かかることも少なくない。教育や医療はもちろん、経済活動においても、こうしたコミュニケーションの困難さが大きなネックとなってきた。そこで山々をつなぐワイヤレスネットワークを構築し、村と村、さらにはインターネットを介して村と世界を結ぶことで、生活改善を図ろうとプン氏は考えたのである。
ネパールの通信インフラ整備は非常に遅れている。プン氏によれば、固定電話の普及率は2.8%、携帯電話の普及率は23.38%、インターネットサー ビス利用者率は2.8%だという。その大きな要因となっているのが、国の大半が山間部であることだ。ネパールにも通信事業者はいるが、収益性の問題 からサービス提供地域は都市部が中心。ルーラル地域はほとんどカバーされていない。ところが、ネパール国民の85%はルーラル地域に住んでいる。だからこそ、プン氏らは自分たちの手で通信インフラを構築する必要があった。
プン氏の生まれ故郷ナンギ村で、同プロジェクトは始った |
プロジェクトが始まったのは2001年ごろ。まず突き当たった問題の1つは、通信機器の調達だったという。当時、ネパールでは通信機器の輸入が禁止されていた。そのためは最初はTVアンテナを受信アンテナとして利用するなど工夫したそうだ。また、電力の問題も重大な課題だった。通信インフラだけでなく電力インフラの整備も、ネパール山間部では進んでいない。そこで太陽光発電や風力発電のほか、自転車による人力発電システムも導入している。雨季に入ると、太陽光による発電は難しいのだという。
当初はTVアンテナを流用するなどしていたが(左)、現在はアルバリオン、モトローラなどの通信機器を利用している |
電力の主力は太陽光発電と風力発電。さらに雨季には人力発電も活躍する |
プロジェクト開始から約10年、ワイヤレスネットワークの整備は着実に進んでおり、学校、遠隔医療、Eメール、IP電話、情報共有、ネットバンキングなどにおいて活用されているとのことだ。さらに昨年にはWiMAXも導入され、それまでの64kbpsから通信速度も大幅に向上した。ブロードバンド化したワイヤレスネットワークの活用により、プン氏はSkypeのビデオ会議機能を使った遠隔講義をオーストラリアの学校で行っているという。
同プロジェクトによりネパール山中の学校でもインターネットが可能に。また、WiMAXの導入により、ビデオ会議もできるようになった |
貧困対策を目的とする同プロジェクトでは、ビジネス活用の試みも活発だ。その成功例の1つとして、ENRD副代表のラジェンドラ・ポウデル氏が紹介したのはWebサイト制作。主婦や学生が日本企業の依頼を受けて、Webサイト制作を行っているという。ポウデル氏は「魚を与えるより、釣りを教えよ」という中国の故事を引用したうえで、「先進国はコスト削減、途上国は収入の向上と、Win-Winの関係になれる」と会場の聴講者に向けて訴えかけた。