個人の知識の全面的な共有が、企業活動にどのような変化をもたらすかを考える前提として、一般的な企業における知識の共有・創造がどのようなものかを見ていきます。
経営者の指揮命令が上意下達されていくピラミッド型組織では、個々人が仕事上で求められる知識は、Onの私の知識の中の一部、現在の業務に関係のあるものに限られます。確かに、飲み会などを通じ、上司・部下、同僚の間でお互いにOffの私もある程度は見せ合うことはあります。しかし、それは業務を円滑に進めていくための人間関係作りであって、Offの私の知識が業務に活かされることはないでしょう。では、On/Offの区分けなく個人の知識が共有される組織であればどうでしょうか。
Nextiを使って、個人の知識の共有を図るNTTデータでも、ピラミッド型組織としての指揮命令系統が存在することに変わりありません。異なるのは、個々の社員には同じ部署の上司や同僚以外にも、SNSを通じて日常的にコンタクトをとっている“仲間”が社内にいるということです。こうした環境では、担当業務において必要なOnの私の知識に加えて、Offの私の知識も活かせる場合があります。
前章(連載目次はこちら)では、ロッテファンとしての知識が、Nextiを通じて提供された事例を紹介しました。こういった事例から、通常のピラミッド型組織では役に立つことのない個人の知識にソーシャルテクノロジーが光を当て、通常の企業運営では決して見られない“知識流通”を実現させていることが分かります。組織を構成する一人ひとりの社員はピラミッド型組織にいながらにして、自らの個人の知識を全ての側面から活用できる機会を与えられます。
通常の企業運営であれば、個人が持つ別の側面に光を当てたい時に、よく使われる手法は「人事異動」です。人事異動には、“育成”と“活性化”という2つの目的があります。前者は、その人に多様な業務を通じて経験を積ませようというものです。また後者は、別の部署に異動させて異なる側面からの知識・行動を要求することで、組織が気づいていなかったその人の資質を見出すために実施されます。ただし、後者の人事異動はリスクを伴います。もしかすると、新しい部署が求めるものとその人が持つ資質が合うのではないか、という当初の期待を裏切り、その人は従来よりも能力を発揮できないかもしれません。そもそも人事異動には“玉突きゲーム”(あるポストに人を異動させるため、そのポストに今いる人を別にポストに異動させなければならない)の面があり、「全ての人が自分の知識を最大限に活かせる部署に配属される」ことは、大企業においては難しいと言わざるを得ません。組織マネジメントに携わる方が共通に抱える課題です。