水中高速無線を音波・可視光で 5G連携で海のビッグデータ化やAI活用も

陸上ではほぼあらゆる場所で無線通信が可能になったが、水中のそれは発展途上にある。だが今、音波・可視光によって水中に無線通信環境を構築し、新たな市場創出や課題解決を目指す動きが加速している。

5Gが盛り上がりを見せる一方、未だ通信の「最後のデジタルデバイド」「ラストフロンティア」と呼ばれる領域がある。水中だ。

水中は電波の吸収減衰が大きく、電波が遠くまで届かないため、無線通信が難しい。水中での減衰が比較的少ない音波や可視光を使った無線通信技術・製品は現在も存在するが、陸上用の無線通信技術と比べると通信速度が低速などスペック的には大きく見劣りし、例えば海中の重機や潜水艇の操作・データ取得などは有線(ケーブル)接続によって通信しているのが現状だ。

こうした状況の解消に向け、音波や可視光を使った無線通信の性能をさらに向上させるための研究開発が各所で進んでいる。

“陸上のような”無線通信環境NTTは、音波を使った新たな水中無線技術の開発に取り組んでいる。「海中の重機や潜水艇などと海上の船を繋ぐ通信ケーブルの取り扱いには熟練の技術者が必要。またケーブルが長大になった場合には、ケーブルの張力調整装置や巻取りドラムなどを備えた専用の支援船を用意しなければならないこともある。こうした人材不足やコスト面の問題を解決し、海中での作業の柔軟性を高める無線通信には大きなニーズがあると考えている」と説明するのはNTT未来ねっと研究所 ワイヤレスシステムイノベーション研究部 主任研究員の藤野洋輔氏だ。

NTTの新技術がターゲットとするのは「水深100~300mの大陸棚あたり」。可視光や電波といった電磁波と比較して、音波は水中でも遠くまで届くが、その代わり通信速度は低速という特徴がある。現時点で実用化されている音波を用いた通信の速度は、通信距離の長短に関わらず数10kbps程度だ。しかし、潜水艇などを無線で遠隔操縦するためには、「基本的には動画を見ながら操作するので、動画が送れるぐらいの通信速度が最低限必要になる」(同氏)。

NTT 未来ねっと研究所 ワイヤレスシステムイノベーション研究部 グループリーダ 主幹研究員 赤羽和徳氏(右)、同部 主任研究員 藤野洋輔氏
NTT 未来ねっと研究所 ワイヤレスシステムイノベーション研究部 グループリーダ 主幹研究員 赤羽和徳氏(右)、同部 主任研究員 藤野洋輔氏

それを実現するのが、NTTが研究開発を進める「時空間等化技術」だ。音波を使った通信では、送信した信号が音の反響によって複数の経路を生み出し、直接波と遅延波が重なり合って歪むという課題がある。従来はこの歪み方を観測して元に戻す手法を採用していたが、観測できる波形の歪みに限界があった。時空間等化技術では「複数の経路を辿り、重なり合った波の歪み方を推定・復元するのではなく、余計な経路を辿ってきた波を空間的にカットすることで、波形歪みの根本原因を取り除いている」(図表1)。

これにより、観測できないほどの波形歪みが発生する環境においても波形歪みを元に戻すことができるようになり、飛躍的な高速通信を実現している。現時点では、固定環境において距離18mで5.1Mbps、距離28mで3.8Mbpsの伝送に成功(いずれも縦方向)。移動環境においても6ノットの移動速度・距離60m(水平方向)の条件で1.2Mbpsの伝送に成功している。

図表1 時空間等化技術[画像をクリックで拡大]
図表1 時空間等化技術

同部 グループリーダ 主幹研究員の赤羽和徳氏によれば、「空間的制約がある実験環境で確認したため、この数値が性能限界というわけではない」。今後はこの技術をブラッシュアップし、通信距離300mで10Mbpsの通信を実現するのが目標だという(図表2)。「3、4年後の商品化を目指している。最終的には陸上と同じような無線通信環境を海の中にも構築したい」(赤羽氏)考えだ。

図表2 NTT未来ねっと研究所の狙い(画像提供:NTT)
図表2 NTT未来ねっと研究所の狙い

将来的には、「例えば、水中では音波で通信し、海上の無人船やブイからはセルラーや衛星通信で通信することで、安全な陸上の遠隔地から海中の重機などを操作できるようになる可能性もある」(藤野氏)

月刊テレコミュニケーション2020年2月号から一部再編集のうえ転載
(記事の内容は雑誌掲載当時のもので、現在では異なる場合があります)

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