――これからの移動通信市場を展望するうえで核心となるポイントは何か。どういった点に最も注目されているのか、お聞きします。
岸田 スマートフォンブームによって、通信事業者を中心とした従来のエコシステムが大きく変わりつつあります。
最も重要なのは主役が変わったことです。従来は、端末もネットワークも、そこで利用されるコンテンツ等も含めて通信キャリアがトータルに設計しながらサービスを行っていました。
しかし今や、アップルやグーグルが主役になりつつあります。彼らが主導権を持つことで、悪く言えば市場が振り回されている状態になっています。今は、新しいエコシステムを作っていく過渡期ですが、これがどういう形で落ち着くのかを注視しています。
森川 私も同じで、例えばアップルのような垂直統合型のビジネスと、通信キャリアとの力関係がどう推移していくのかに興味があります。
例えば、キャリアはHTML5をかなり注視しています。これを使えば、OSや端末、つまりアップルやグーグルのプラットフォームに依存しないアプリ提供の幅が広げられるからです。アップルやグーグル等が主導権を持ったまま進むのか、あるいはキャリアが盛り返すのか。そのパワーバランスに注目しています。
服部 「OTT(Over the Top)」と呼ばれるプレイヤーのビジネススタイルと、キャリアのビジネスモデルのしのぎ合いは今後数年続いていくでしょう。それが、通信市場を大きく左右します。
――ネットワークを資源として収益を上げる従来のビジネスとはまったく異質なモデルと対抗、あるいは協調しながら新しいキャリアの姿を作っていかなければならないわけですね。
服部 通信料金で収益を上げるモデルはすでに崩れ始めています。定額制もその要因の1つです。
トラフィックの増大がネットワークに多大な負荷を与えていますが、根本的な解決策はまだ見えていません。収容能力を高めるために設備を増強するのは大切ですが、それでは解決にはなりません。
ネットワークの付加価値をこれ以上落とさず、むしろ高めていくために抜本的な対策を打つ。そうした方向に舵を切っていかなければならない大切な時期に来ています。
(左から)東京大学 先端科学技術研究センター 教授 工学博士 森川博之氏、上智大学 客員教授 工学博士 服部武氏、情報通信総合研究所 グローバル研究グループ 主任研究員 岸田重行氏 |
WiFiへのトラフィックオフロードの課題とは?
――いくつかポイントがでました。それでは、基盤であるネットワークインフラの進化という点から話を進めましょう。これについては、トラフィック爆発への対応と、ネットワークそのものの付加価値向上という2点が焦点になります。まず、トラフィック対策については、WiFiオフロードが解決策としてクローズアップされています。
服部 一般の見通しとは違って、私はWiFiに注目するのは間違いだと思っています。WiFiは基本的には、インドアで使うものです。アクセスポイント(AP)をいくら設置してもカバーできるエリアはごくわずかに過ぎませんし、複数の事業者が競争し合ってAPが増えれば増えるほど、干渉が起こって使えなくなる。過度に期待するのは危険です。
岸田 まったく同感です。WiFiも重要であることは間違いありませんが、問題も多い。最大の課題はやはり電波干渉で、運用面の工夫をよほど上手くやる必要があります。
森川 混み合っている2.4GHz帯から5GHz帯への移行が進んでいますが、これも根本的な解決にはなりません。いずれ同じ問題が生じます。
服部 WiFiは通信品質を保証していないもので、オフロードのためにそれを「使ってください」といっても、ユーザーにはそのインセンティブがありません。例えば、WiFiを使った分だけ料金が安くなるといった、ユーザーにとってメリットのある仕掛けをしない限りは、WiFiが解決策になることはないでしょう。