<特集>量子通信で変わる未来量子暗号で世界をリード 激化する国際競争と日本の現在地

盗聴も解読も絶対に不可能な量子暗号通信。その開発競争でトップグループを走り、社会実装目前に達しているのが日本だ。“20年先”とも言われる量子インターネットの議論も胎動している。

私たちの日常的な感覚と反する不思議な法則が支配する量子力学の世界。人類は過去数十年にわたり、原子よりも小さな素粒子の世界で観測されるその原理を、情報通信技術の革新に役立てようと営みを続けてきた。

代表例が、グーグルやIBMが2019年に商用化した量子コンピューターだ。「重ね合わせ※1」「量子もつれ」と呼ばれる量子の性質(量子性)を応用することでスーパーコンピューターと比べてもはるかに高速な演算処理を可能にする。ただし、現時点で商用化されているものには課題も多く残されており、用途も非常に限定的だ。2030年頃には真に実用的な量子コンピューターが登場すると予想されている。

※1:量子重ね合わせ
量子情報の最小単位である量子ビットは、同時に「0」と「1」の両方になり得る。この量子状態を重ね合わせと呼び、観測によって初めて0か1かが確定する。2つ以上の状態を同時に表せるため、従来の情報単位であるビット(古典ビット)よりも多くの情報を扱える

その量子コンピューターと比べるとこれまで注目度は低かったが、通信ネットワークの分野でも「量子通信」の研究は営々と続けられてきた。その一分野である「量子暗号通信」は、すでに実用化が可能な段階にある。世界中で研究開発が加速しており、日本はその先端を走っている(図表1

図表1 量子通信関連の研究

図表1 量子通信関連の研究

量子通信はなぜ必要なのか欧米や中国、そして日本で量子暗号通信の開発が活発化している背景には、量子コンピューターによるリスクが顕在化してきたことがある。その圧倒的な演算能力によって、将来的に既存の暗号技術が通用しなくなることが確実視されている。

現在のインターネットではRSA等の公開鍵方式が主に使われているが、この暗号化・復号に使われる鍵データは、スパコンを使っても解読に膨大な時間がかかることを担保として信頼性を維持している。だが、量子コンピューターはこの鍵を瞬時に解いてしまうポテンシャルを持つ。従来型コンピューターで1万年かかる計算問題を、量子コンピューターなら200秒で完了させられるとする論文もあるほどだ。暗号技術が用をなさなくなれば、社会・国家に与える影響は計り知れない。

この脅威に対抗できるソリューションが「絶対に盗聴・解読不可能」とされる量子暗号通信、つまり「量子鍵配送(Quantum Key Distribution:QKD)」である(図表2)。情報通信研究機構(NICT) 未来ICT研究所 小金井フロンティア研究センター 量子ICT研究室の藤原幹生室長は「将来の暗号解読の脅威から解放される安全な通信ネットワークを実現できる」と説明する。

図表2 量子暗号通信の仕組み

図表2 量子暗号通信の仕組み

NICTは2001年から量子暗号通信の研究開発を続けてきており、NECや東芝等とともに盗聴不可能な量子鍵を送受信側で共有するQKD装置を開発。2010年には100km圏内を結ぶ東京QKDネットワークの試験運用も開始しており、「通信事業者などがサービス展開すれば、使える段階にある」(藤原氏)。

また、東芝は2020年10月にQKDの事業化を発表。同氏によれば、「メーカーまで一気通貫した研究体制と東京QKDの運用実績がある。こうした歴史と実績を持つのは、ほぼ日本だけだ」

情報通信研究機構(NICT) 未来ICT研究所 小金井フロンティア研究センター 量子ICT研究室 室長 藤原幹生氏
情報通信研究機構(NICT) 未来ICT研究所 小金井フロンティア研究センター 量子ICT研究室 室長 藤原幹生氏

月刊テレコミュニケーション2021年8月号から一部再編集のうえ転載
(記事の内容は雑誌掲載当時のもので、現在では異なる場合があります)

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