連日、“クラウド”の4文字が各種メディアを賑わせている。このキーワードを目にしない日はないくらいだ。
ビジネス界においては、環境ビジネスに匹敵する規模と勢いでさまざまな議論とサービス開発が推進されている状況にあり、こと通信/ITの領域に限っていえば、インターネットの登場以来の新潮流と捉えられているといえよう。
払拭できない“混沌感”
とどまるところを知らぬ勢いのクラウドコンピューティングだが、各界で唱えられている思想や求められる効果・効用と、実際に利用可能なサービスとの間にはかなりの開きが存在しており、特にユーザーサイドに大きな戸惑いの空気が漂っていると感じるのは筆者だけであろうか。
筆者は長年、通信/ITの領域で企業の事業戦略策定分野に関するコンサルティングを行っているが、本来であれば同領域で時代をリードすべき立場にある企業のサービス開発担当者や先進ユーザー企業においても、「クラウドとは何なのか?」、「クラウドによってビジネスはどう変化するのか?」といった出発点ともいうべき基本的な疑問を抱えている状況にあるのを肌で感じている。
なぜ、このような状況に陥っているのか。過去の情報システムトレンドが果たしてきた役割と目的を振り返ることで明らかにしていきたい(図表1)。
図表1 情報システムのトレンドの推移 [クリックで拡大] |
(1)情報システムに競争優位確立の概念を持ち込んだSIS(Strategic Information System:戦略的情報システム)の登場
1980年代の終盤になって、情報システムの世界に初めて事業戦略の考え方が持ち込まれた。従来のITは、業務の省力化に主眼が置かれていたが、この時代あたりからヤマト運輸や花王といったプレイヤーたちが、競合他社に対する競争優位の確立を主眼にITを駆使するようになり、バリューチェーン上における自社のコアコンピタンスの領域で独創的な業務プロセスの再構築が行われるようになった。
差別化に主眼が置かれているため、実現される機能やオペレーションは自社固有のものとなり、必然的に莫大なIT投資が求められることとなったが、もたらされる効果・効用が明確であり、SISへの取り組み意義は、各界の経営者やCIOにとって非常にわかりやすいものであったといえる。
(2)グローバルスタンダードの採用を旗印としたERPの導入
バブル経済がはじけ、世界規模で経済成長の停滞が顕著になり始めた90年代初頭~中盤に、SAP/R3などのERPパッケージ導入の機運が高まりだした。国際会計基準への準拠といった一定の強制力に従う形でグローバルスタンダード導入による業務の標準化と低コストオペレーションの実現が潮流となり、各産業において規模の大小を問わず多くの企業が「右へならえ」の如くERPの採用を断行した。
日本の場合、従来からの差別化志向とグローバルスタンダードの追求を折り合わせることが困難だったため、中途半端なERPの導入により本来獲得できるはずの効果を得られなかった企業が多数出現したが、業界固有/自社固有のローカルルールに偏重しては国際社会の場で戦えないという基本思想は、どの経営者から見てもわかりやすく、導入に向けての意思決定が行い易かったといえよう。
(3)コア/ノンコア業務の見極めを促したアウトソーシングビジネスの台頭
90年代後半から、情報システムの運用領域を皮切りにバックオフィス系の業務を低コストで受託するアウトソーシングビジネスが本格化した。従来、国内外のシステムインテグレーターは、顧客の情報システムを有償で運用受託するビジネスを手掛けていたが、価値提供の範囲を業務プロセスのレイヤへと拡大させ、集約効果を顧客に還元することで、顧客自身は自社のコアコンピタンス業務に集中することが可能となった。
このようなトレンドを契機とし、顧客企業グループサイドにおいてもシェアードサービスといったビジネスモデルで、類似性の高い自社グループ内の間接業務を集約化させていくことが一般化し、自社内におけるコア業務とノンコア業務の色分けをつけることがマネジメント上の一般常識となった。
また、近年、国内外で大規模な契約締結事例が誕生してきているBPO(Business Process Outsourcing)も、その源流は「コアコンピタンスの見極め」を旨とするアウトソーシングそのものだ。大規模なアウトソーシングの場合、日本ではどうしても雇用の問題がつきまとうこととなるが、徹底した低コストオペレーションの実現と強みのさらなる強化を志向する企業においては、依然として有望な戦略施策として捉えられている。