――新型コロナウイルスは、日本企業のデジタルトランスフォーメーションを本当に加速させることになるのでしょうか。
藤長 コロナで露呈した一番の課題が、日本企業の仕事に残る「アナログさ」でした。工場をはじめ、いろいろとデジタル化が進んでいたように見えていましたが、実はアナログな業務が多く残っていたことが、つまびらかになったと思います。最も象徴的なのはハンコ文化ですね。
しかし、コロナによってデジタル化が加速します。
私たちソフトバンクの法人部隊は約3年前、営業などで活躍していたメンバーを100人規模で集め、「デジタルトランスフォーメーション本部」を立ち上げました。ソフトバンクはもともと通信事業者ですから、主に通信ビジネスから収益を得てきました。しかし、彼らは通信を一切売りません。お客様との“共創”により、新しいビジネスを起こしていくことがデジタルトランスフォーメーション本部の役割です。
この3年間、成功と失敗を繰り返しながらやってきましたが、運輸や小売など様々な業界のお客様との共創によるサービスのローンチを、開始済みのものも含めて17件ほど行う予定です。今後こうしたデジタルトランスフォーメーションがかなり進んでいくのだろうと思っています。
――テレワークなど、働き方のデジタル化はこの数カ月間で一気に進みましたが、次のフェーズとして、事業そのもののデジタル化が加速するということですか。
藤長 そう感じています。これまでも「デジタル化をどう進めればいいのか。AIやIoTをどう活用すればいいんだ」と企業の方が悩まれてきたのは事実です。しかし、多くの企業は、二の足を踏まれていました。
そこに、いきなりコロナによって、働き方のデジタル化を進めなければならなくなったわけですが、これでデジタル化の良いところ、悪いところが見えたと思います。こうなると皆さん、「次は事業のデジタル化だ」と、考えざるを得なくなります。
5Gで「産業の再定義」――企業がデジタル化に取り組むにあたっての要諦は何でしょうか。
藤長 ピンポイントでデジタル化しても効果は限られます。例えば「テレワーク」というのはピンポイントです。川上から川下まで、きちんとすべてデジタルでつなげて完結させる必要があります。途中で人の判断だったりアナログな部分が入ると、そこで分断されてしまうからです。
ですから私たちは、ワークフローやサプライチェーンなどの全体をまず一緒に俯瞰させていただいて、どこがデジタル化できていないかを点検。それから、そのデジタル化できていない部分をどのようにデジタル化していけばいいのか、一緒に考えさせていただくという形を取らせていただいています。
いわばコンサルティングのようなことから入るわけですが、ソフトバンクだけでできる範囲も、しっかり理解しているつもりです。
ソフトバンクには260社を超えるグループ会社がありますし、協力ベンダーもたくさんいます。こうしたパートナーと力を合わせ、自分たちだけでは不得手なところも決してあきらめることなく、お客様の課題を解決していく体制をすでに整えています。
――デジタル化を加速させるドライバーとしては、この春から商用サービスが始まった5Gへの期待も高いです。5Gは、企業にどんな変化をもたらすのでしょうか。
藤長 「産業の再定義」という非常に大きな改革を推進するテクノロジーになると思っています。
5Gには3つの特徴がありますが、このうち高速・大容量については、特にエンターテインメント等のコンシューマービジネスに大きなインパクトをもたらすでしょう。一方、低遅延や多接続という特徴については、今までの3G/4Gではできなかったことを実現可能にし、事業の生産性や効率性を飛躍的に向上させていくと期待しています。
5Gによって、各産業におけるやり方が本当に変わって、産業自体が進化すると考えています。
――超高齢化と労働人口減少という課題に日本が直面する中、「生産労働力の創出と5Gは切っても切れない関係」と5月20日に開催した法人事業説明会で話されていましたが、やはり遠隔操作などによる生産性向上が5Gのユースケースとしては特に重要ですか。
藤長 5Gの最初の分かり易いメリットの1つが、遠隔操作なのだと思います。5Gの低遅延などを活かし、1人の熟練工が全国の現場を1カ所から操れるようになることには大きな意味があります。また、人間が行くには危険な場所、例えば大きな橋の下の状態を5G対応のドローンで撮影し、AIで解析して保守できるようになれば、より安全な暮らしを効率的に実現できますよね。
一般的には分かりにくいかもしれませんが、多接続も大変重要です。例えば、工場のライン全部に5Gのチップを取り付ければ、ラインがどう動いているかを全部可視化できるようになります。
――通信事業者各社が5Gのユースケース創出に力を注いでいますが、ソフトバンクの特色は何でしょうか。
藤長 本当に実用化できることに重きを置いている点だと思います。「企業や社会の課題を、最新テクノロジーで1つずつ真剣に解決していくんだ」という思いで、パートナーであるお客様と一緒に取り組んでいます。
――確かにソフトバンクは、他のキャリアと比べて、より具体的で実用的なPoCが多い印象です。
藤長 「夢物語」を語ろうと思えば、いくらでも語れます。しかし、私たちは事業として成立させるのが仕事ですから、そこは「実用化」にこだわりたいです。
1つのソリューションで何でも解決できるわけではありませんから、優れたソリューションにもう一味、もう二味加えて、さらに完璧なソリューションに仕上げていくことにも力を入れています。
例えば、高精度測位サービスの「ichimill(イチミル)」がそうです。準天頂衛星「みちびき」やGPSなどの信号を、ソフトバンクの基地局を活用して全国に設置した独自の基準点で受信して誤差を補正するため、誤差数cmの測位を実現できます。ドローンや建機などとの相性が非常に良いです。自動運転には必ず高精度の位置情報が必要になってきます。