NTTライフサイエンスは2020年4月、遺伝子検査サービス「Genovision Dock」の提供を開始した。準備期間はわずか1年。怒涛の日々のなか、究極の個人情報ともいえる遺伝情報を守るセキュリティの仕組みをつくり上げたのは、東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会のセキュリティソリューションも担当した男だった。
<トラスト(信頼)>あるデジタル社会の実現に向けて奮闘する、NTTグループのセキュリティのプロフェッショナルを紹介する本連載の第9回は、NTTライフサイエンスの茂垣武文を紹介する。
「お前ももう中学生なんだから、アマチュア無線の免許くらい取っておかないとな」
中学生になると、茂垣武文は父親にこう言われたという。
「そんなものかなと思って講習会に行ってみると、中学生なんて私以外には誰もいないわけです(笑)」
「だまされた?」と思いながらも、結局は頑張ってアマチュア無線の免許を取得したという。
父は電電公社、祖父は逓信省――。“ICTの遺伝子”を持って生まれてきたとも言えそうな茂垣は今、NTTライフサイエンスで遺伝子ビジネスを推進している。
遺伝的にかかりやすい病気にならないために
NTTライフサイエンスは、健康・医療ビッグデータ解析により新たな価値創出に取り組む企業だ。同社が提供しているのは遺伝子検査サービス「Genovision Dock」。遺伝子解析により、将来どのような病気になるリスクが高いかなどを知ることができる。
「現在およそ90の病気について、遺伝的にかかりやすいかどうかを解析でき、さらに予防のための行動変容案内をエビデンスと合わせて提供しています。例えば私の場合、前立腺がんの発症リスクが遺伝的に高いので、予防のために牛乳を控えています。しかし逆に大腸がんのリスクが高い人は牛乳を飲んだ方がよいですね。このようにGenovision Dockで自分の設計図を知ることで、より健康的な行動を選択していくことができます」と茂垣は紹介する。
国内には他にも遺伝子検査サービスがあるが、現時点で行動変容案内が約800種類と充実していることがGenovision Dockの大きな特徴の1つだ。
遺伝子検査サービス「Genovision Dock」の検査結果例。
同サービスの遺伝子検査結果は、病気へのなりやすさを案内する「疾患予防編」と、
栄養摂取や代謝能力について案内する「体質理解編」がある(画像は疾患予防編)
NTTライフサイエンスの設立は2019年7月。茂垣は最初期の4人のメンバーの1人として、設立前の2019年4月から参画している。新会社立ち上げにあたり、トップから厳命されたのは、2020年4月のサービス開始。与えられた時間はわずか1年だった。
会社登記からサービス企画、システム開発まで、茂垣の奔走が始まるが、最も重要な仕事の1つがセキュリティの確保だった。
遺伝情報は、究極の個人情報ともいえる。「もし漏えいすれば、事業の存続すらも危ぶまれます」。茂垣はその重責を担っている。
セキュリティ志望のきっかけは図書館での出合い
茂垣のセキュリティへの取り組みは、大学時代にまで遡る。大学4年生に進級する際、情報ネットワークセキュリティ専攻を選択。大学院を修了してNTTグループに入社した後も、主にセキュリティ畑を歩んできた。
大学時代、セキュリティを専攻しようと決めたのは、「これからはコンテンツの時代になる」と考えたからだったという。
「20年後にビジネスとして伸びそうな分野を研究したかったのですが、その頃、図書館で読んだ本に、活版印刷が発明された後の50年間は、コンテンツが花盛りだったと書いてあったのです」
茂垣が大学生だった1990年代半ば、TCP/IPが通信方式の主流として広く普及していく流れがすでに見えていた。つまり、通信方式をめぐる競争から、その上に載るコンテンツの競争へと時代はシフトしつつあった。
図書館で出合った本をきっかけに、そう気付いたというが、それが一体なぜセキュリティにつながるのか。
「当時はコンテンツといっても、ディレクトリ型の検索エンジンでサイトを検索して、いろいろな人が発信している情報を閲覧するくらいでした。しかし今後は、買い物や金融取引なども可能になっていくと思いましたが、まだ実現できていない理由がセキュリティ。それでセキュリティを研究したいと考えたのです」
その読み通り、通信ネットワークを介したコンテンツ流通は、セキュリティ技術の発展とともに、どんどん花が開いていく。
茂垣自身もNTTグループに入社後、国内最大規模の認証サービスの開発、国内最大規模の法人向けエンドポイントセキュリティの導入などを通じて、貢献していった。