「5Gになると世の中が一気に変わる。その大きなポイントとなるのがモバイルエッジコンピューティング(MEC)だ」。楽天 代表取締役会長兼社長の三木谷浩史氏は7月末、同社のイベント「Rakuten Optimism 2019」でこう力説した。
三木谷氏とRakuten Optimism2019で対談したインテル CEOのロバート・スワン氏も「5Gが実現すると、コンピューティングは将来、ネットワークのエッジで行われるようになる。ネットワークがクラウド化され、コンピューティングはネットワークへとシフトしていく」と賛同する。
今年10月、無償サービスという形で限定的にMNOサービスを開始した楽天モバイル。既存MNOとの最大の違いとしてアピールしているのが、“世界初”とうたう「完全仮想化クラウドネイティブネットワーク」だ。コアネットワークから基地局などのRAN(Radio Access Network)までをエンドツーエンドで仮想化する。
「自動車にたとえると、iPhoneが“クルマ”の革命だったとすれば、楽天モバイルは“道路”の革命を起こす」。三木谷氏はこう意気込むが、この革命は一体何をもたらすのか。実は、その1つがMECである。MECとは、ユーザーの近くにコンピューティングリソースを置いて処理するアーキテクチャのこと。楽天モバイルは仮想化されたRANを活用し、日本全国4000カ所以上にMEC環境を構築する計画だ。
「(自分がいる場所の)大体2~5km以内に、皆が大規模なコンピューターを持つことになると思ってほしい」(三木谷氏)
図表1 MECのイメージ
低コストで全国展開できる理由5Gには高速大容量、多数同時接続、低遅延の3つの特徴がある。三木谷氏がなかでも重視するのは低遅延だ。「今、クラウドで音声認識を行うと少し遅延がある。それはクラウド上のサーバーで処理して、インターネットを通って返ってくるからだ。しかし、5Gになると、すぐにレスポンスが返ってくる」。その理由は無線技術の進歩だけではない。重要な役割を果たすのがMECだ。
現状、多くのアプリケーションがクラウド上で提供されているが、クラウドを利用するには長い道のりがある。まずは通信事業者のRANとコアネットワークを通り、それからインターネットを経由して、ようやくクラウド事業者のデータセンター上のサーバーに辿り着く。これに対して、MECサーバーはクラウドサーバーよりも近くにあるため、遅延を大幅に短縮できる。
楽天モバイルは、具体的にはRAN(基地局)上にMECサーバーを設置する。基地局は、無線部のRRH(Remote Radio Head)と制御部のBBU(Base Band Unit)からなる。最近はRRHとBBUを分離し、複数のRRHを離れた場所にあるBBUで集中制御する構成が主流になっているが、楽天モバイルがMECサーバーを設置するのはBBUのロケーションだ。
図表2 楽天の基地局
同社は、台湾のODMベンダーであるクワンタム・テクノロジーの汎用サーバー上に、ソフトウェアでBBU機能を実装することでvBBU化を図る。この仮想BBU用の汎用サーバー上に、MEC用のアプリケーションも併せて実装。BBU用のハードウェアをMECにも利用することで、低コストでMECを全国展開しようとしているのだ。
左は楽天のRRH、右はvBBU兼MECサーバー
5G時代、MECが重要なカギを握ると見ているのは、既存MNOも一緒だ。しかし、汎用サーバーではなく、専用装置でBBUを実装している既存MNOの場合、BBUのロケーションにMECを展開するためには、大量のMEC専用サーバーを購入して設置する必要がある。当然、設備費用も導入・構築の手間も莫大になってしまう。
最初からRANを仮想化している楽天モバイルだからこそ、いち早くMECの全国展開計画を打ち出すことができたと言える。