「働き方改革」の名の下、長時間労働の是正やテレワークの導入に取り組む企業が増えているが、さらに一歩進んだ働き方として、「ワーケーション」を導入する動きが一部の企業で出てきた。
ワーケーションとは、「ワーク(仕事)」と「バケーション(休暇)」を組み合わせた造語だ。旅行先で休暇を楽しみながら、テレワークで仕事をするという新しい働き方を指す。一昔前であれば想像もできなかった働き方が、ネットワークやモバイルデバイス、コミュニケーションツールの進化により実現可能となっている。
ネット上の仮想オフィスに“出社”システム開発会社のソニックガーデンの本社は、東京・自由が丘のマンションの一室にある。
広いリビングを活用したオフィスには若い社員数人がPCに向かっているだけで、閑散としている。それもそのはず。36人(2019年2月時点)いる社員の半数以上は地方在住で、全国16の都道府県に散らばっているからだ。
ソニックガーデンの社員には地方在住者も多く、東京・自由が丘のオフィスで働く人は少ない
その1人、野本司氏の自宅は兵庫県明石市にある。2017年4月に新卒で入社して以来、在宅勤務を続けており、一度も通勤電車に乗ったことがない。それどころか、入社2年目の昨年は、1年の大半を東南アジアなどでワーケーションをしながら過ごした。1回あたりの旅行期間はまちまちだが、最長で2カ月に及んだこともある。
現在オーストラリアを横断中のある社員は、昼間は車で旅を続け、夜はホテルでPCに向かって仕事をしている。時差の関係もあり、日本のオフィスや取引先とのやり取りに影響はない。基本的に日本のカレンダーに合わせて働いており、週末や祝日は仕事をしないという。
ソニックガーデンの社員の1人、野本司氏は入社以来、兵庫県明石市にある自宅や旅先で仕事をしている
ソニックガーデンでワーケーションが成功している秘訣の1つは、「バーチャルオフィスRemotty」と呼ばれる自社開発ツールにある。
Remottyにアクセスすると、PCのカメラで自動撮影した写真が数分間隔で仲間に共有され、お互いの様子を一目で把握できる。食事や子供の迎えなどで離席する際、「行ってきます」とつぶやく社員もおり、実際のオフィスで一緒に働いているかのような感覚を味わうことができる。Web会議やビジネスチャット、音声会議の機能も搭載しているので、社内および取引先との会議や打ち合わせにも活用している。「基本的に勤務時間中はRemotttyを立ち上げることを義務付けている。インターネット上の仮想オフィスに出社し、仕事が終わったら帰って行くイメージ」と代表取締役社長の倉貫義人氏は説明する。
在宅勤務などテレワーク中の社員とのコミュニケーションにメールやチャットを活用する企業は少なくないが、相手の状況が分からないため、コミュニケーションが疎かになりがちだ。Remottyであればリアルタイムに相手の反応が見えるので安心して話しかけることができ、コミュニケーションが活性化するという。
ソニックガーデンの社員はインターネット上の
仮想オフィス「Remotty」に集まり、会議や打ち合わせを行う
倉貫氏らが5人で創業したソニックガーデンは、2011年の設立時からリモートワーク・完全フレックス制(コアタイムのないフレックス制)という斬新な働き方を導入していたわけではない。「当時は社員全員がネクタイにスーツ姿で、満員電車に揺られて通勤していた」と振り返る。
作業はクラウドで行うため、客先を訪問する必要がなく、インターネットにつながる環境であればどこでも仕事ができる。そうした事情から、業容拡大とともに地方在住者の採用が増えていった。設立2年目にはRemottyが実用化され、「出社しなくても大丈夫」とのコンセンサスが社内で暗黙のうちに出来上がり、やがて現在の働き方に至ったという。
「物理的なオフィスに出社する必要がないのであれば、どこにいても一緒」という“逆転の発想”から、長野県に移住する社員も現れた。「もっとスノーボードを楽しみたい」というのが理由で、冬の間は午前中がスノーボード、午後は仕事という生活を続けている。
ソニックガーデン 代表取締役社長 倉貫義人氏
こうした自由な働き方をする上で、誰がどのように管理をするのか疑問に思うかもしれない。
実は、ソニックガーデンは管理職を置かないフラットな組織構造だ。上司はおらず、ノルマや売上目標も一切なく、評価制度もない。その代わり、給与は一定の年齢以上は一律で、賞与も全員に均等に配分する。だからといってフリーランスのように自ら営業して仕事を見つける必要はなく、会社のお問い合わせ窓口に寄せられた案件から、内容に合わせて適任者に割り振られる。
いわば、フリーランスと社員の“いいとこ取り”といった働き方だが、社員1人ひとりが自律的に働く「セルフマネジメント」の意識が徹底しているからこそ可能だという。例えば、勤務時間も特に決まりはないが、お互いにコミュニケーションを取りやすい昼間に、全員がRemottyに“出社”するようにしている。
自律的な働き方の発展形として、倉貫氏は「仕事そのものを楽しみ、傍から見て遊んでいるのか仕事をしているのか分からない状態を目指したい」という。