5.握るべきは「ネットワーク制御+接続管理+データ基盤」のレイヤー
では、通信キャリアはこの市場のどこを握るべきか。
物理ネットワークだけでは付加価値が薄く、業界別の最終アプリまで自社で抱えれば、専門性と投資が分散する。最も重要なのは「ネットワーク制御+接続管理+データ基盤」のレイヤーであり、これらは複数キャリア・複数拠点にまたがる接続を統合し、デバイス状態の可視化、通信品質の制御、異常検知、セキュリティ、課金管理を一体で担う。この基盤を通じて顧客は自社の機器群を運用するため、顧客接点とデータが蓄積する。物理回線が他社へ切り替わっても、運用基盤が残れば顧客関係を維持できる。
逆にこのレイヤーを外部プラットフォーマーに握られれば、通信キャリアは高品質なネットワークを持ちながら、他社サービスへ接続を卸す存在へ戻りかねない(図表3)。
図表3 通信キャリアが握るべきレイヤーとAIOpsの役割

KDDI傘下のソラコムは、回線だけでなく接続管理、クラウド連携、デバイス管理、セキュリティを一体で提供し、世界4万超の顧客に利用されている。先述の通り、AerisもEricssonから取得した基盤を複数キャリア横断の運用プラットフォームへ進化させた。両事例は、価値が「回線そのもの」より、接続を簡単・安全・継続的に使わせる上位レイヤーへ移っていることを示す。
ただし、このレイヤーをゼロから自前構築する難度は高い。技術に加え、グローバル事業者との契約、開発者体験、24時間運用、販売チャネル、継続的な機能更新が要るためだ。
したがって選択肢は3つある。第一は自社の技術と顧客基盤を生かして構築する、第二は既存プラットフォーマーと提携し自社・共同ブランドで提供する、第三は出資や買収で制御力を確保する、である。重要なのは、すべてを自前で持つことではなく、顧客接点、運用データ、サービス設計権、収益配分のどこを自社が握るかを明確にすることである。
この戦略の実行には、組織の壁も越えねばならない。多くの通信キャリアでは、ネットワーク運用、法人営業、サービス企画、IT、セキュリティが別々のKPIと予算で動いている。しかしAIOpsを収益化する事業では、障害検知の精度、顧客影響、SLA、課金、追加提案が1つのループでつながる必要があり、運用部門だけのDXではなく、事業部門と共同で「運用データをどう商品へ変えるか」を決める経営体制が要る。
また、いずれの選択肢でも避けられないのが、OSSとBSSを横断する信頼できるデータ基盤だ。ネットワークの状態と顧客・契約・SLA・課金の情報が分断されていれば、AIは異常を見つけても、どの顧客へどの程度影響するか判断できず、QoDを提供しても、品質保証と請求を一体で行えない。AIOpsの高度化とは、AIモデルの導入以上に、運用データと事業データを結ぶ経営改革である。
日本の通信キャリアが取るべき打ち手は4つあり、これらを個別に処理せず、前の打ち手が次の原資と精度を生む循環として回すことが重要となる。
第一に、運用自動化は差別化領域ではないと割り切り、速度を優先して標準化する。狙いは人員・コスト削減額そのものではなく、自動化が生む2つの資産、すなわち再投資に回せる原資と、標準化された運用データを取りこぼさないことにある。
第二に、その原資を、OSS・BSS・顧客データを束ねる基盤へ再投資する。作るべきは単なるシステム統合ではなく、ネットワーク上の異常を「どの顧客の、どの契約の、どれだけの損失につながるか」へ即座に翻訳できる状態だ。これがなければ、後続のAPI外販も産業向けサービスも、品質保証と課金を伴う商品にならない。
第三に、その基盤の上でOpen GatewayやAdunaを活用し、ネットワーク機能をAPIとして外販する。得られるのは目先のAPI収入だけではない。外部サービスからの呼び出しは、どの機能がどの産業でどんな品質要求とともに使われるかを映す需要データとなり、次に投資すべき領域を示す探索装置にもなる。
第四に、浮かび上がった集積点、すなわち製造、物流、モビリティなどの産業領域へ投資を集中させ、「ネットワーク制御+接続管理+データ基盤」のレイヤーを自前・提携・出資・買収のいずれで握るかを決める。ここで蓄積される産業別の運用データは再び第一・第二の基盤へ還流し、AIOpsによる異常検知と品質保証の精度をさらに高める(図表4)。
図表4 AIOpsが生み出す収益化の循環

4つをこの順序で回すことで、運用知能は競争優位へと変わる。同じAIソフトウェアは他社も購入可能であり、優れたアルゴリズムはやがて模倣される。しかし、特定の顧客と産業から日々還流する運用データと、それに紐づく契約・SLA・課金の履歴は、資本を投じても短期には複製できない。通信キャリアが真に握るべき資産は、単体のAI機能ではなく、顧客契約と結びついて自己増強するこのデータの循環そのものである。逆に、どれか1つの打ち手を単独の施策として切り出せば循環は途切れ、AIOpsは再び守りのコスト削減策へと縮む。
AIOpsで運用費を減らすだけなら、通信キャリア各社の差はやがて消える。真の競争は、その運用知能でネットワークをどんな商品へ変え、誰の事業に組み込み、どのレイヤーで継続収益を得るかにある。問うべきは、もはや「運用コストをいくら削減できるか」ではない。「『売り方』と『売り先』が交わる価値レイヤーを、どの手段で、いつ握るか」である。その意思決定の速さが、AIOpsを守りのコスト管理術で終わらせるか、収益を生み続ける経営基盤へ育てられるかを分ける分水嶺となる。
[月刊テレコミュニケーション 2026年9月号の記事を再構成]









