<連載>AIエージェントが迫る通信の新ルール「AI依存というダークサイド、その入口は常に開いている」栗原慶大教授・人工知能学会 前会長インタビュー

注目を集めるAIエージェントだが、現状は「自律」というより「自動」に過ぎない──。慶應義塾大学の栗原聡教授はそう指摘し、AIへの過度な依存が人間の「学ぶ・考える力」を衰えさせる危険性に警鐘を鳴らす。その歯止めとなるのは、時に人をいさめる「ドラえもん」のような自律型AI。その実現可能性から日本の勝ち筋、次世代教育までを栗原教授に聞いた。

人間の知識から「心」を蒸留

――そうした賢明な判断ができる一部の人・組織以外は、AIに過度に依存した末、「歯車」になっていくほかないのでしょうか。

栗原 重要なのは、これから5〜10年をどうしのぐかです。なぜなら、5〜10年後には、ドラえもんレベルのAIが登場すると考えているからです。

――自律型AIの登場が5〜10年後には期待できるということですか。しかし、AI依存とどう関係しているのでしょうか。

栗原 今のAIは人間のリクエストを基本的に拒否しませんが、ドラえもんは違います。のび太くんの健康や人間としての成長にとってマイナスだと思ったら、「ダメ」と言いますよね。つまり、AIに過度に依存しようとする人間の歯止めとなります。

――栗原先生は「バディAI」という言い方もされていますが、相棒、親友として時には叱ってもくれるAIということですね。

栗原 現状のAIは人間の奴隷でしかありません。私は、ドラえもんのように自我を持ったAIの方がいいと思っています。

――そうした自律的に行動できるAIは、本当に実現可能なのでしょうか。

栗原 人間には108の煩悩があると仏教では言いますが、人間の衝動や感情がどのように生まれるかは、まだまだ解明されていません。

ところが生成AIは偉大で、教科書や辞典だけでなく、純愛小説からバイオレンス小説、一般の人のブログやSNSなど、ありとあらゆる知識を学習しています。つまり、人間のその時々の衝動や感情のスナップショットは、すでに知識として100%ではありませんがほぼほぼAIが学習しており、プロンプト次第で取り出せます。

――確かに、生成AIには、人間の衝動や感情に関する膨大な知識も蓄積されています。

栗原 私は、こうした生成AIが学習した知識から、人間の衝動や感情、すなわち自律的に行動するための指針のようなものを抽出できるのではと考えています。

学問としてAIを研究している人のほとんどは、「人間を知りたい」と思って取り組んでいますが、人間の本能や動機に関する研究は、知識を扱う研究に先を越された状況にあるわけです。

ChatGPTが登場し、結果的に見えてきたのは、知識を扱うAIを先に実現しなければ、人間レベルの自律的に動くAIは実現できないということです。

生成AIの世界には、大規模モデルの知識や振る舞いを小規模モデルに移す「蒸留」という手法があります。この蒸留とは異なりますが、人間が生み出した知識から人間の衝動や感情を蒸留し、人間のような心の仕組みを組み立てられる可能性があると考えています。

「空気を読む」AIの実現へ

――ドラえもんの実現に向けて、栗原先生の研究室ではどういった研究に注力していますか。

栗原 1つはアフォーダンスです。

僕らは、目の前に本があったら、手に取って読んでみようといった衝動を抱きます。それは状況を認識した段階で、どういう行動をとればいいのか、すぐにその候補を絞ることができるからです。

このように、環境や物が人に与える「行為の可能性」をアフォーダンスと呼びます。いわば「場の空気を読んで行動する力」ですが、今のAIはまだ空気を読めません。

――場の空気を読めるようになるためには、センシング能力の強化も必須になりそうです。

栗原 AI以前のIoTのところでも、相当やるべきことがあります。僕らは五感で状況を認識しますが、今のAIロボットは視覚中心で、入力チャネルが細すぎます。例えば、触覚はまだまったく不十分です。

――自律型AIとの共生社会では、人とAI、AI同士の新たなルールも必要ですね。

栗原 地球の資源は有限で、皆が利己的に動いたら破綻してしまいます。

AIは高性能ですから、AI同士では一番いい落としどころを人間よりうまく見つけられるでしょう。しかし、最後に残るのがAIによる人間の説得です。AIが持ち帰った交渉結果を人間が受け入れるかどうかでは、人間とAIの信頼関係が必要です。

また、当事者間によるボトムアップの仕組みだけでは非効率的ですから、今の社会がモラルや法律などに支えられているのと同じように、中央集権的なトップダウンの仕掛けも必要です。

栗原聡(くりはら・さとし)氏

慶應義塾大学理工学部 教授。慶應義塾大学共生知能創発社会研究センター センター長。オムロン サイニックエックス社外取締役。慶應義塾大学大学院理工学研究科修了。博士(工学)。NTT 基礎研究所、大阪大学、電気通信大学を経て、2018年より現職。科学技術振興機構 さきがけ・社会変革基盤・研究総括。2026年6月まで人工知能学会会長を務めた

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