東日本大震災を機に、自分の仕事に疑問
帰国後、新井は政府のサイバーセキュリティ関連プロジェクトにも携わり始める。「国の仕事だと、こんなに大きなことができるんだと実感しました」
自身の専門分野についても、セキュリティホールの研究から、セキュリティホールを悪用するコンピューターウイルスの研究へとアップデートしていく。
「2003年頃までは、人間がソフトウェアの欠陥を使って攻撃を仕掛けてくるというのが一般的でした。しかし、次第にコンピューターウイルス自体がソフトウェアの欠陥を悪用するようになります。つまり、自動化です」
並行して、サイバーセキュリティに関する複数の著書を出版。テレビなどメディアの取材を受ける機会も増えていく。周囲からの評価はどんどん高まるが、2011年に起きた東日本大震災が、それまでの自分の仕事に疑問を抱くきっかけとなった。
「避難所情報や福島第一原発の状況などを知らせるメールを騙って、コンピューターウイルスを震災で困っている人たちに送る人たちがいたんです。本当に許せないことです。しかし自分には、ウイルスを解析して『気を付けてください』と注意喚起するくらいのことしかできません」
もっと、たくさんの人に直接役立つ仕事がしたい――。新井は2年後の2013年、アンチウイルス製品などを提供する大手セキュリティベンダーへと転職した。「実際に困っている人に対して、製品という強力な武器を使って、直接的に防御策をお渡しできるのが魅力の1つでした」
NTTデータに入社した理由「今までにない経験」
新井は、何年かおきに自身の専門分野を少しずつ変えてきた。最初がセキュリティホール、次がウイルス解析、そして大手セキュリティベンダー時代から注力しているのがAIの研究である。
「サイバーセキュリティの世界は、 “AI対AI”のような世界にどんどん近づいています。それで私もAIの勉強をしようと思い、AIをサイバーセキュリティに応用する研究に取り組み、論文や本を発表してきました」
だが、自分自身を常にアップデートさせたい男は、またしても自分自身に疑問を抱く。
「私が業界に入った頃、サイバーセキュリティは海の物とも山の物ともつかない世界でした。しかし今では、新聞の一面やYahoo!ニュースのトップにも取り上げられます。それだけ社会にとって重要になったわけですが、セキュリティによって守っているITシステムのことは全然知らないぞ、とモヤモヤした気持ちが強まっていったのです」
自分のキャリアをもう1回考え直す必要性を感じ始めたというが、そんなとき届いたのがNTTデータからのスカウトメールだった。
「NTTデータには、金融、公共、物流、小売など、本当にいろいろな業種のお客様がいます。そうした会社の方が、サイバーセキュリティにどう取り組まれているのかを目の当たりに見てみたいと思ったのです」
2019年、新井はNTTデータに入社。従業員数約19万人・世界56カ国にわたるNTTデータグループを守るとともに、サイバーセキュリティに関するアドバイスを様々な業種の顧客へ提供している。
「20年前の僕らは『あっちの世界』とネットを呼んでいました。実社会と離れた世界と認識していたわけです。しかし今は一体化してきています。実社会との融合が進むのに伴い、サイバーセキュリティの領域はものすごく広がっていくでしょう」
ネットとリアルが融合した新しい世界において、自分はサイバーセキュリティの専門家として、一体どんな貢献ができるのか――。
「いろいろな業種のお客様からお声掛けいただきますが、その都度、全く違う環境、全く違う背景で動くシステムを目の当たりにします。ですから、専門家としての知識や経験が非常に試されますし、期待にお応えして感謝されると、自分の心が震えます。今までにない経験ができています」
新井のアップデートは現在も進行中だ。