「Beyond 5Gでゲームチェンジ起こす」、NICT徳田理事長インタビュー

「ゲームチェンジを起こしていくことがNICTの役割の1つ」。Beyond 5G/6Gに向けて、国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)の徳田理事長はこう意気込む。まずは日本が得意とするテラヘルツ波、HAPS等のNTN、時空間同期をB5Gのビジョン勧告に入れることが重要だという。「世界のB5G研究開発のハブとなり、日本の中を引っ張っていく」と語る徳田理事長に、2030年代に実現する未来社会やB5G戦略について聞いた。

――Beyond 5G/6G(以下、B5G)が実用化する2030年には、どんな社会が到来しているとお考えですか。

徳田 NICTではB5Gのプロジェクトのため、「2030年頃に向けて、社会はどう変わっていくのか」という議論を1年半以上前から始めました。

その議論の中で出てきたのは、持続可能な社会、レジリエントな社会、誰もが活躍できるインクルーシブな社会といったキーワードです。

Society 5.0という共通のビジョンがありますが、安心・安全で誰もが参画できる「Safe and Secure Society 5.0」を実現できる情報インフラを作っていく必要があります。

もう1つは、人々の生活空間が垂直方向に拡張されていく、という視点です。ドローンだったり、宇宙観光だったり、人々の生活空間は今までの地上だけではなく、成層圏や宇宙空間へと今後大きく広がっていくでしょう。この広域な3次元空間でコミュニケーションがとれる情報インフラを作っていかなければなりません。

国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT) 理事長 徳田英幸氏

国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT) 理事長 徳田英幸氏

B5G時代の未来生活シナリオ

――そうしたB5G時代の情報インフラの上では、具体的にどんな生活が実現可能になるのでしょうか。

徳田 NICTのホワイトペーパーでは3つの未来生活シナリオを提示しています。1つめは「Cybernetic Avatar Society」です。

――Cybernetic Avatarとは、ICTやロボット技術などで実現する「もう1つの身体」「分身ロボット」といった意味で使われる言葉ですね。

徳田 日本の労働人口は今後も減少し、2030 年頃には30%超の方が65歳以上の高齢者になります。この超高齢化社会では、生産現場の労働力をどう確保し、また高齢者をどう介護すればいいのかなどといった社会課題が顕在化します。

Cybernetic Avatarを活用し、遠隔から分身ロボットに乗り移ったり、遠隔から工作機械などを操作できれば、物理的に1人の人間が時間や空間の壁を越えて、より多くの作業を行うことが可能となります。

実際、鹿島建設さんのダム工事現場では、1人のオペレーターが複数台の自動化重機などを使って、整地作業をしています。このように自律性のある機械と人との協業により、私たちの生活や働き方を改革していくことが重要です。

NICTには多言語対応の音声翻訳アプリ「VoiceTra」があり、言葉の壁も乗り越えられますから、分身ロボットに乗り移って、岩手県の農家の方が外国で農業指導するといったことも可能になるでしょう。農家の方は日本語で話しているのですが、相手には英語で伝わり、逆に相手の言葉は日本語になって返ってくる──。こんな世界が夢物語ではなく、本当に実現可能になります。

――そして、その実現のためにはB5Gも欠かせないと。

徳田 現在の5Gでは遅延が大きかったり、目的地への高精度なナビゲーションができなかったり、Cybernetic Avatarのようなロボットを遅延を意識せずに自在にコントロールすることができません。

2つめの未来生活シナリオは「月面都市」です。米DARPAは、月面にたくさんの工場設備を設置しようとしています。無重力状態の月面では、地球上では作れないような材料・素材も作れますし、月面の資源探査にも大きな注目が集まっています。月までB5Gネットワークを拡張すれば、こうした月面工場の機器を遠隔操作したり、分身ロボットを使った月面旅行や月面探査も可能になります。

3つめのシナリオは「時空を超えて」です。これは、垂直方向への生活空間の拡大で、「Internet of Vertical Things」とも言っています。ドローンに加えて、空飛ぶタクシーや空飛ぶトラックなど、人々の活動が3 次元的に広がっていくでしょう。成層圏に倉庫を置き、自然災害が起きた際、ドローンがその倉庫に物資を取りに行くといったこともNICTの研究者たちは考えています。

――とてもワクワクする未来です。

徳田 ただし、光があれば、影もあります。

一例ですが、Cybernetic Avatarを活用し、身体障害者の方が働けるようになったとしましょう。実際、ハンディキャップをお持ちの方が分身ロボットを遠隔操作して接客するカフェの実験は以前から行われています。

こうしたことが本格化してくると、今まで支給されていた公的補助をどうするのか、という議論も出てくるはずです。また、会社が分身ロボットを占有している場合、分身ロボットがないとハンディキャップの方は働けませんから、雇用主が不当に有利になる恐れもあります。本来は働き方改革を目指していたのに、働き方地獄になり得るのです。さらに、誰かが徳田のアバターで参加して発言したりと、なりすましの問題も起きてくるでしょう。

このように様々な社会的課題が出てきますから、技術の研究開発だけではなく、技術の社会的な受容性の向上や倫理的あるいは安全性の問題などをきちんと担保しながら、両輪で走っていく必要があります。

私たち研究者は、ややもすると現在のシーズから未来を予測し、社会的課題とのミスマッチを起こしてしまいます。目指す未来から道筋を遡り社会的課題を分析するバックキャスティングと現在の技術をその解決に使えるようどう進化させるかといったフォアキャスティングとを繰り返す「キャスティングループ」を常に回しながら、社会が持っている課題と技術の進化との整合性を取り、技術の社会的な受容性を高めていくことが重要です。

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徳田英幸(とくだ・ひでゆき)氏

1983年、ウォータールー大学博士課程修了(Ph.D. in Computer Science)。その後、カーネギーメロン大学計算機科学科研究准教授を経て、1990年に慶應義塾大学兼任、1996年環境情報学部教授。慶應義塾大学常任理事、環境情報学部長、大学院政策・メディア研究科委員長等を歴任。2017年に国立研究開発法人情報通信研究機構理事長に就任。現在、慶應義塾大学名誉教授、日本学術会議連携会員、情報処理学会会長、Beyond 5G推進コンソーシアム副会長等を務める

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