「スマートホームはAIなしでは巨大なリモコン」、JAIST 丹康雄教授に聞くIoTライフの未来

苦戦続きだったスマートホーム市場――。しかし今、「ようやくピースが揃った」と長年にわたりスマートホームに携わってきた北陸先端科学技術大学院大学(JAIST)の丹教授は語る。ただし、マーケットの構造は以前と同じではない。クラウド化が進展するなか、“家”という物理的な空間の制約は取り払われ、「スマートホーム」から「スマートライフ」へのシフトが始まっているという。


――スマートホームの世界では今、一体どのような変化が起きているのでしょうか。

 これまでのスマートホームの歴史は、“失敗の歴史”と言えるわけですが、その理由は「ピースが欠けている状態でパズルを完成させようとしていたから」です。

実は2000年頃、当時の技術を集大成したスマートホームを作り上げたことがあります。Plastic Optical Fiberという太い光ファイバーで屋内を配線しており、ビデオを64チャンネルまで流すことができるし、当然ながら白物家電もコントロールできます。今のDLNAなどよりも、よほど良くできていました。

しかし、我々は気付きました。「巨大なリモコンを作ってしまった」と――。

「なぜ、これほどのコストをかけて、隣の部屋の白物家電や照明を操作しないといけないのか」と作った当人たちがすごく悩んだわけです。

このとき、「人間が家をコントロールするという世界から、完全に脱却する必要がある。AIのようなインテリジェンスが、いろいろなモノをコントロールする世界にならなければならない」と理解しました。

クラウドにつながった組込みコンピューターのことを何と呼ぶのか。「IoT」という言葉に収束したのは2015年頃のことですが、それまでは大変苦労していて、日本では「スマートユビキタス」と呼んでいました。聞き覚えのある言葉ですよね。

「ユビキタスコンピューティング」を1980年代末に提唱したマーク・ワイザーは、AIをむしろ否定していました。AIなどなくても、少し賢い“道具然”とした組込みコンピューターが世の中に広まり、そのモノ同士が互いに連携することで、「人類は十分幸せになれる」というのが彼の考えだったのです。

――ところが、AIなしで作ることができたのは「巨大なリモコン」だったと。

 元々のユビキタスには、広帯域の常時接続という要素も入っていませんでした。

しかしその後、2000年代に常時接続ブロードバンドが実現し、Web2.0でネット上に新しいタイプのデータベースが出現します。

1人ひとりは自分のために活動しているだけなのに、様々なデータがプラットフォーム上に溜まっていくデータベースです。当時の流行り言葉でいえば「集合知」ですね。そして、その背後には、巨大な情報処理機構があり、集まったデータを高度に処理することができます。

IoTを実現するためには、(1)組込みコンピューターと機器連携、(2)常時接続ブロードバンドインターネット、(3)Web2.0以降のネット上の強力なインテリジェンスの3点セットが必要ですが、この3つが揃ったのは2005年頃のことでした。

では、“IoT元年”となった2015年と2005年の違いは何なのか。それは、情報処理能力です。

Web2.0の頃はテキストデータが中心でしたが、センサーデータや画像データから意味ある情報を生み出すことが、今ようやく可能になったわけです。その前夜には、2012年のディープラーニングというブレークスルーもありました。こうした要素がすべて積み上がり、ようやく2015年の段階で、IoTを本当に語っていい素地ができたのです。

他方、大きな懸念である個人データの帰属問題については、GDPR(EU一般データ保護規則)が2018年に施行されました。アクセルを踏む側のピースが揃う一方、懸念される事態に対してブレーキをかける側も出てきました。

ちょうどよいバランスで、IoTの現実化に向けてスタートを切ったというのが、現在の状況だと思っています。

月刊テレコミュニケーション2018年12月号から一部再編集のうえ転載
(記事の内容は雑誌掲載当時のもので、現在では異なる場合があります)

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丹康雄(たん・やすお)氏

1993年東京工業大学理工学研究科博士後期課程修了、工学博士。同年北陸先端科学技術大学院大学 情報科学研究科助手。同情報科学センター助教授を経て、2001年に情報科学研究科助教授、2007年から教授。JEITA スマートホーム部会部会長、DCアライアンス 議長、エコーネットコンソーシアム アドバイザリフェロー、総務省 情報通信審議会 専門委員、スマートIoT推進フォーラム 技術戦略検討部会 技術・標準化分科会長、情報通信技術委員会(TTC)特別委員などを務める

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