東宝の映画興行会社として、全国50カ所以上にシネマコンプレックスを展開しているTOHOシネマズ。直営館のスクリーン数は6月時点で522と業界トップで、興行収入面でも国内1位を誇っている。同社は2007年秋、オープンソースのIP-PBX「Asterisk」を利用して、本社と全国のシネコンを結ぶ内線電話網を構築した。
TOHOシネマズでは、将来を見据えて、05年頃から内線網のIP化に取り組んでいた。最初は、各拠点のレガシーPBXにVoIPゲートウェイを接続し、IP電話サービス(050番号)を導入し、拠点間を結んだ。
その後、レガシーPBXをIP-PBXにリプレースし、IP内線網を構築する話が社内で持ち上がり、シスコシステムズの「CallManager」(現「Cisco Unified Communications Manager」)などを候補に上げ、見積もりを取得した。だが、数千万円規模の投資が必要だったことで、導入を断念した。
AsteriskでIP内線網を構築
情報システム部情報システム室の菊池久氏は「実は02~03年頃からAsteriskに注目しており、正式版がリリースされた04年9月には社内でラボを作って、ソフトフォンを用いて内線通話を試してみたことがあった」と明かす。その時に、コストの割にある程度使えるという手応えは得ていたが「当時、海外製が中心だったSIP対応電話機がなかなか安価に調達できずに断念していた」という。
TOHOシネマズ 情報システム部情報システム室 菊池久氏 |
コスト面でIP-PBXへのリプレースを断念した菊池氏は、もう一度ラボを作成し、Asteriskによる内線通話を試したところ、「バージョンが1.2に上がっていたこともあり、十分利用できるという確証が得られた」という。ちょうど同時期に、ドイツ製の「snom220」というSIP電話機が非常に安価に入手できるようになり、「40~50台購入した」。06年のことだ。
こうしてAsteriskによる内線電話の条件が整い始めたところで、まずテストとして、全国のシネコンの映写室を結ぶ内線網をAsteriskで構築した。「映写室自体は外部との通話は少ないが、当社のなかで最も横の連携が強い部門で、内線電話を頻繁に利用していた」と導入理由を説明する。内線電話としての利用はもちろん「Asteriskの標準機能として、音声会議があるので、それも利用できるように設定した」という。これにより、映写室部門の内線通話コストを大幅に削減できた。
映写室での成功を受けて、全拠点をAsteriskで内線化するプロジェクトへと進展した。ポイントは、各拠点のレガシーPBXを継続利用しつつ内線網をIP化する、そのやり方だった。
実は、映写室への内線網導入までは、菊池氏が自力ですべてを構築していたが、本格導入には専門家の力を借りることが不可欠と判断。今は会社を閉じているが、当時インターネット電話サービス「G-LEX」を提供していたネットワークインテグレーターのユーエフネットに相談したところ、レガシーPBXにVoIPゲートウェイを接続し、Asteriskで内線通話を制御する形を提案された。さらにVoIPゲートウェイを選択する時に、米クインタム・テクノロジーズの「Tenor」の推薦を受け、日本でのクインタム社の販売代理店となっているYCSにアプローチ。展開をユーエフネット、番号計画を含む設計を当時のYCS担当者である佐藤浩一氏、そして日本Asteriskユーザ会代表の高橋隆雄氏とTOHOシネマズにレガシーPBXを導入していた国内メーカーの協力を得て、各拠点を結んでいた当初のIP電話サービスを廃し、Asteriskを活用したIP内線網構築に成功した。なお、ネットワークはインターネットVPNを利用している。
この時点で構築にかかった総費用は数百万円規模。菊池氏は「センター側のAsteriskは私が自分で作ったので、特段費用もかかっていないし、ベンダーのIP-PBXを導入すれば、利用できる機能は多かったと思うので、単純に比較できるものではない」と語ったが、内線網のIP化という目的では、ベンダーの製品を購入して構築するよりも、かなりのコスト削減になったことは間違いない。