<サイバーセキュリティ戦記>NTTグループのプロフェッショナルたちNTT Comサイバー攻撃事件の舞台裏「侵入者は対策メンバーのアカウントにもなりすましていた」

NTTグループは1997年に国際通信事業に参入するが、水口は国際のインターネットプロバイダの立ち上げから参加した。2000年に買収した米大手通信事業者VerioとNTT Comのネットワーク統合という一大プロジェクトにも携わった。

「Tier 1ステータスのISPになろうという目標のもと、アメリカとアジアのネットワークを統合し、さらにヨーロッパへもネットワークを延伸し世界TOPクラスのGlobal Tier1に成長した」

Tier 1とは、インターネットの全経路情報を自ら入手できる最上位のISPのことだ。Tier 1のISPは、世界におよそ10社しかいない。NTT Comは2000年、アジアのISPとして初のTier 1になった。

水口の心の中に「数少ないTier 1 ISPであり、日本と世界を繋ぐインターネットのオペレータとしての使命感」が育っていく。

水口孝則

そうしたなか、インターネットは重大な課題にも直面していく。サイバー攻撃による被害の深刻化だ。水口もセキュリティの世界へと深く足を踏み入れていく。

例えば2003年、MicrosoftのWindows Updateサーバーを標的にしたマルウェア「MSブラスター」が猛威を振るった際には、世界の主要ISPの担当者たちと力を合わせて封じ込めた。伊勢志摩サミットや東京オリンピック・パラリンピックでも、セキュリティ対策チームの一員としてその能力を活かした。

水口が特に力を注いできたのはDDoS攻撃対策である。ネットワーク運用担当者として、最前線でDDoS攻撃を防いできただけではない。国際インターネットの運用のために作ったツールをベースに、トラフィック解析システム「SAMURAI」を開発し、2007年にリリース。また、SAMURAIを活用しインターネットプロバイダとしてアジアで最初のDDoS対策サービスを提供した。

サイバー攻撃との戦いを続けていくうちに、水口のデータ分析力にも磨きがかかっていく。

サイバー犯罪者との攻防は“いたちごっこ”だ。ある対策を行っても、すぐにサイバー犯罪者は新たな攻撃手法で挑んでくる。
既存の対策では検知できない、新たな攻撃手法の可能性のある不審なトラフィックはないか――。日々トラフィックを注視・解析するなか、水口はデータ分析力を高めていった。

今なお続く恐怖感の理由水口が今なお、2020年のインシデントの恐怖感を抱き続けているのは、いつまた自社で重大なインシデントが発生するかもしれないという恐れからだけではない。

「当時、たしかに我々には脆弱性がありました。しかしセキュリティ対策のレベルが決して低かったわけではありません。今はさらに強化していますが、当時も高いレベルにあったと思っています。にもかかわらず侵入されました。我々だから不正アクセスに気付けたとも思っています。」

水口をはじめ、セキュリティに精通した従業員が数多くいるNTT Comでもサイバー攻撃を完全に防ぐことはできなかった。では一体、他の一般的な日本企業は、高度なサイバー攻撃を防げているのだろうか。

気付いていないだけで、今このときも数多くの日本企業がサイバー攻撃の被害に遭っている――。水口はその可能性の高さに、恐怖感を抱き続けているのだ。

水口孝則

夢なき者に成功なししかも最近は、知らずのうちに“被害者”だけではなく、“加害者”になっている危険性も高まっている。

セキュリティに関心のある人ならば、数年前に大流行したマルウェア「Mirai」を覚えているだろう。Miraiは、ブロードバンドルーターやWebカメラなど脆弱なIoT端末へ次々と感染を広げ、DDoS攻撃の“実行役”としてボット化していった。

「意図せず日本の企業がサイバー攻撃に加担してしまい、“報復”などに遭うリスクが増しているのです。我々ISPにも多くの顧客がおり、ウイルス感染等により意図せず“傭兵”としてサーバー攻撃に関与していることになります」

Tier 1 ISPとしての使命を果たすため、水口は今、“加害者”にならないための対策にも取り組んでいる。

水口孝則

水口の好きな言葉は、吉田松陰の有名な次の言葉だという。

「夢なき者に理想なし、理想なき者に計画なし、計画なき者に実行なし、実行なき者に成功なし。故に、夢なき者に成功なし。」

かつては「エンジニアとして、ずっと手を動かしていければいいな」と思っていた。しかし今は、マネジメントに対するやりがいや次の世代へ自分の経験を伝えていく大切さも強く感じている。

「若い世代が夢を持って仕事するための理想や計画を立てていきたいです」。松陰の言葉を胸に、水口はそう力を込めた。

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