情報通信産業を「生態系」と「進化論」で語ろう[第3回]100年目の嵐はおもちゃから始まる――ネオテニーと進化の秘密

生態学の理論を使って「情報通信産業」を分析すると、一体何が見えてくるのか――。今回のテーマは「ネオテニー」(幼形成熟)である。(編集部)

稚拙さに秘められた無限の可能性

もし、この生態学の法則がビジネスにも適用できるのであれば、今、必要なことは、ベンチャーの育成であろう。ベンチャーの種は大企業の中にも眠っている。大企業は、その種を外に出すべきである。実は、伝統的に日本の企業は、こうしたシーズを外に産み落として、グループとして生き延びてきた。余談になるが、産業活力再生特別措置法(産活法)は、こうしたスキームに使えるだろう。この法律は、もっと活用されてもおかしくない。

かつてソニーの井深大氏は、ソニーを成熟した企業にするために外部からヘッドハンティングした社員が、膨大な業務手順書を整備して、その成果を報告したとき、「ソニーは外部環境に適合して変化できたから成長できた。この手順書はソニーの変化を阻害するので不要である。この手順書がソニーを成熟した企業するものであるならば、ソニーは未熟なままでよい」と語ったという。米国の物理学者のファインマンは、その著書『困ります、ファインマンさん』で、スペースシャトルの事故の調査に関わった体験談を書いており、膨大なマニュアルがその変更手続きを面倒にした結果、専門のマネジメントが末端の作業者の素朴な疑問の声を聞かなかったために、品質管理の改善が行われず、事故の原因となったと述べている。

もう1つ。コンピュータで日本語処理を可能にし、その技術をベースに日本語ワードプロセッサのオアシスの開発を行った富士通の神田泰典氏は「日本では大きな改革はもう生まれない。見込みがある開発者は、経営者の前に囲われるため、経営者の目に常にさらされ、誰もが理解できる成果の出やすい小さな研究開発しかやらないからだ。大きな改革を生む研究開発は未熟であるがゆえに研究開発するのだが、今の時代、この理屈は通らない」と語ったという。本来、イノベーションとは、開発者が成功の見通しが立つまで開発を経営者に隠れ秘密裏に行うか、長い間「おもちゃ」として無視されているものである。いつから日本は短期志向の国になったのだろうか。すべての始まりは、おそらくプラザ合意にあるが、その議論は別の機会に語りたい。

この神田氏の指摘は、ソニーの歯車の開発や井深氏の忠告そしてファインマンの指摘と深いところでつながっている。それは「透明性とは何か」とか「コントロールとは何か」いう問題と関係しているが、本稿のテーマである「ネオテニーを軽視するな」というメッセージでもある。

10年ほど前、筆者はネオテニーというベンチャー支援の会社と交流があった。あるとき、学生起業家のプレゼンに対して、他の権威あるアドバイザーらの「幼いプレゼンしかできない学生は真面目に勉強していろ」というような嘲笑や叱責に、ネオテニーの幹部が「その稚拙さに無限の可能性が秘められていることがなぜわからないのか」と激怒したことは、記憶に鮮明に残っている。まさにこの幹部は、社名の通り、ネオテニーというものをよく理解していると感激した。断っておくが、ネオテニーなるものが、すべて「人類」になるとは思っていない。そのほとんどは、競争社会の中でつぶれていくのである。

以前、霞が関の若いある官僚は「ずっと未来に大きく貢献するかもしれない種を、今、正当に評価できると思うことは傲慢だ」と嘆いていた。これもまた真理なのである。私たちは、この官僚の嘆きを理解した上で、それでもなおネオテニーがドル箱になるのか評価し、どのようにすればネオテニーがドル箱になるのか考えるしかない。そのヒントを中国の兵法書である兵法三十六計から探してみよう。

池末成明(いけまつ・なりあき)

大手コンピュータメーカーにて海外市場での通信機器販売、PCやサーバーの国際戦略立案を担当。その後トーマツグループのコンサルティング会社にて、情報通信市場での事業計画と予算管理、原価計算、接続料問題を主に担当。現在、有限責任監査法人トーマツにて、世界のナレッジマネジャーとともに世界の情報通信メディア業界の調査と事業開発に従事

RELATED ARTICLE関連記事

SPECIAL TOPICスペシャルトピック

スペシャルトピック一覧

FEATURE特集

NEW ARTICLES新着記事

記事一覧

WHITE PAPERホワイトペーパー

ホワイトペーパー一覧
×
無料会員登録

無料会員登録をすると、本サイトのすべての記事を閲覧いただけます。
また、最新記事やイベント・セミナーの情報など、ビジネスに役立つ情報を掲載したメールマガジンをお届けいたします。