今年5月のある土曜日――。東京・八王子にキャンパスを構える工学院大学附属中学校に集まったのは、この春にわが子を入学させたばかりの中学1年生の親たちだ。
「涙を流している父母の方も大勢いらっしゃいました」
中学1年生の学年主任である纓坂誠氏は、その日行われた「親子交流授業」の様子をこう振り返る。
親たちを感激させたのは、“サプライズ”として用意されていたムービーだった。作ったのは、1カ月ほど前にはまだ小学生だった中学1年生たち。「生徒が自分の小さい頃の写真や家族の思い出の写真、普段のお弁当の写真など、親への感謝の気持ちを表すための素材を集め、iPadで1つのストーリーを作って上映したんです」
工学院大学附属中学校では、今年入学した中学1年生96名全員にKDDIのiPad miniを貸与。授業などにフル活用している。
21世紀型教育の3つの柱「20世紀型から21世紀型の教育へと変えていくため、3年前からいろいろな改革に取り組んできました」。工学院大学附属中学校の平方邦行校長はこう語るが、今回のiPad導入もその一環である。
学校法人工学院大学 理事 工学院大学附属中学・高等学校 校長 平方邦行氏 |
平方校長によれば、世の中が大きく変容した今、教育現場にも変革が求められている。発端となったのは、東西冷戦構造の終焉だ。同校の学校案内には、こんな文章が掲載されている。
東西冷戦の終焉は、高度情報化社会の到来でもありました。軍事目的で開発されたIT(情報技術)の進化と普及は、グローバリゼーションを急進展させました。そして、インターネットやコンピュータは経済領域で活用されるようになり、グローバル資本主義社会においては、金融エコノミーがベースになり、激化する競争の中で格差が広がっています。「人と社会」のつながり方や「人とひと」のかかわり方も大きく変わり、これまで経験したことのないような、未知の問題が頻発するようになりました。
20世紀型の教育とは、端的にいえば、一方通行型の授業と知識量による学力測定が特徴だ。
「教員が一方的に授業し、生徒は黒板を写すだけ。そして、その内容を一生懸命覚えて試験に臨めば、“いい子だね”と評価してもらえた。インプットが中心で、生徒がアウトプットすることはほとんどありませんでした」と工学院大学附属中学・高等学校 研究部主任の小川隆氏は話す。しかし、こうした教育では、21世紀の時代に活躍できる子供は育たない。
工学院大学 評議員 工学院大学附属中学・高等学校 研究部主任 小川隆氏 |
そこで同校では、次の3つを大きな柱に21世紀型の教育を目指している。
1つめの柱は「グローバル」だ。「1言語多文化の時代ではもうありません。多言語多文化を意識した教育が必要」(平方校長)という理念のもと、同校は以前から英語教育に力を入れ、今年の中学1年生からは授業のハイブリッド化に踏み切った。授業を日本語と英語のハイブリッドで行うのである。例えば、「ハイブリッドインターナショナルクラス」というコースでは、英語・数学・理科の授業をネイティブスピーカーが英語で行っている。
ネイティブスピーカーの教員による理科の授業風景 |
2つめの柱は「イノベーション」だ。社会が急激に変化している背景には様々な要因があるが、なかでも重要なのが情報通信技術(ICT)分野でのイノベーションである。そこでICTのスキルをしっかり身につけることを、同校では第2の柱にしている。
そして、3つめの柱が、幅広い教養をもとに自ら考え、解決する力を養う「リベラルアーツ」である。そのうえで重視しているのは、双方向型授業である「PIL(Peer Instruction Lecture)」と問題解決型授業である「PBL(Project Based Learning)」だ。
「教員の投げかけに対し、生徒が考え、対話しながら学んでいくのがPIL。あるテーマについて、グループで調べたり話し合いを行い、答えを出していくのがPBLです。20世紀型教育のような、丸覚えではありません。自分で主体的に調べ、それを先生や友達とシェアしながら探求的に学んでいきます」(小川研究部主任)
ICTのスキルをしっかり身につけるための道具として。また、自ら考え、その成果をみんなとシェアするための道具として、iPadは導入された。