データ不足の補完方法
――仮に今後、精緻なシミュレーションが実現可能になるとしても、まずは実世界におけるデータ収集が必要不可欠なようですが、他に補完的なアプローチはないのですか。
原田 産業用ロボットで培ってきた制御や動作計画といった従来技術を組み合わせることで、「データ不足のギャップを埋められる」と提案する人がいます。私もその通りだと思っています。
――産業用ロボットで高いシェアを持つ日本がこれまで蓄えてきた技術が、フィジカルAI時代にも大きな強みになるということですか。
原田 そうですね。ただ、かつては日本が“一強”でしたが、最近は中国の産業用ロボットメーカーが躍進しています。加えて、産業用ロボットのように人とロボットの作業空間を分ける必要がない協働ロボットというカテゴリーがあるのですが、そこでも中国メーカーが目立ちます。協働ロボットは中小規模の工場にも導入しやすく、今後が期待される市場です。

米中と圧倒的な物量差
――決して楽観できる状況ではないのですね。AIロボティクス戦略では「米中に並ぶ第三極として世界シェア3割超の獲得を通じて、2040年に60兆円規模の市場規模のうち20兆円規模を獲得」という目標が掲げられています。日本は、どのような勝ち筋を描くといいでしょうか。
原田 汎用ロボットは、米中が猛烈に取り組んでいる分野です。国際会議に出席すると、まるで「中国にいるのでは」と錯覚するほどで、圧倒的な物量の差を感じます。汎用ロボットに挑むことも大事ですが、個人的には産業セグメントごとに必要とされていることをしっかり考え、フィジカルAIによる自動化を着実に進めていくべきだと思います。
日本の製造現場では、すり合わせによって自動化を実現してきました。フィジカルAIにおいても、すり合わせの技術は必要で、そうしたノウハウは日本の方が今はまだ優れています。
――用途別のロボットに取り組みながら、その延長線上に汎用ロボットを実現していくアプローチですね。そのためにまず重要なことは何ですか。
原田 やはり、データ収集です。
中国では、国内100カ所以上にデータ収集用の施設を作り、数多くのロボットと人のオペレーターを使ってデータを集めていると言われています。
実世界から取得するのか、シミュレーションを使うのか、あるいは動画データだけからロボットの動作を作るのかなど、そのアプローチは別にして、ロボット基盤モデルのためのデータをどう集めていくかが大変重要です。
――とすると、フィジカルAI時代、上り通信の重要性が今まで以上に増しますか。
原田 そうですね。すべてをクラウドで処理すると通信量が非常に多くなりますから、エッジに置いた蒸留したAIモデルで処理するといったことも求められると思います。処理をどこで行うかは、許容できる遅延によっても変わってきます。
例えばマニピュレーションについて言うと、人は視覚のフィードバックを30Hzで行っており、ロボットでも30Hzで間に合いますが、手の感覚のフィードバックはもっと速い1kHzが必要で、遅延は許されません。
マスクの未来は現実に?
――イーロン・マスクは、テスラのヒューマノイド「Optimus」が「これまでで最大の製品になる」「2030年までに年間100万台規模の生産ラインを構築できると自信を持って予測できる」とし、ヒューマノイドが「労働力を事実上無制限に拡張し、経済の生産能力そのものを変える」と展望しています。原田先生は、フィジカルAIの未来をどう見通していますか。
原田 フィジカルAIの世界は本当に日進月歩です。そのため、将来予測は非常に難しいですが、現在のヒューマノイドブームは元々、マスクが作ったものです。彼が「何万台も工場に入っていく」と言い出したことで、中国の投資家が「マスクが言うなら、実際にそうなるかもしれない」と投資し始め、中国でも技術開発が進んでいきました。
マスクの発言については「本当かな」と思うことも結構あります。しかし実際、社会はその方向へ向かっています。これは凄いことで、マスクが描くような未来が「ありえない」とは言えないと考えています。
[月刊テレコミュニケーション 2026年8月号の記事を再構成]










