量子雑音で通信を守る「Y-00暗号」 テラクラスの高速大容量、1万km超の長距離伝送も可能

量子鍵配送(QKD)とはまったく異なるアプローチの量子暗号通信の研究開発が進んでいる。量子雑音を用いる「Y-00暗号」だ。玉川大学 量子情報科学研究所 所長の二見史生教授にその特徴を聞いた。

「安全性は未来永劫」

暗号通信の安全性は、鍵を盗まれないことと、暗号の強度によって担保される。

ここでQKDとY-00暗号の違いに再び立ち戻ると、QKDは量子の性質を用いて、鍵が盗聴されたことを確実に検知する技術だ。一方、Y-00暗号は量子の性質を用いて、暗号文を物理的に秘匿化する。

データ通信の中身を秘匿化する役割が共通するのはAESだ。ただし、AESが計算量の多さといった数学的困難性を安全性の根拠とする数理暗号なのに対し、Y-00暗号は量子力学を根拠とする物理暗号という違いがある(図表1)。

図表1 Y-00暗号による盗聴回避のコンセプト

図表1 Y-00暗号による盗聴回避のコンセプト

この根拠の違いは、耐量子暗号(PQC)とQKDにも共通する。PQCの根拠は数学的困難性、QKDは量子力学だ。根拠が異なるPQCとQKDが補完関係にあるように、AESとY-00暗号も補完関係にある。Y-00暗号を併用すれば、さらに安全性を高めることが可能だ。さらに二見教授はこうも言う。「数理暗号は、将来もしかすると解かれる可能性が残る。しかし、物理暗号であるY-00暗号の安全性は未来永劫、保証される」

4K映像も量子暗号通信

QKDは光子1個という極めて微弱な光信号を使うが、Y-00暗号は通常の光信号を用いる。特殊部品も必須ではなく、玉川大学ではY-00暗号の機能を備えた光トランシーバーの試作に成功している。将来的にはチップへの実装も可能だという。

Y-00暗号にも「パワーが高くなると量子効果が減り、安全性が下がる」という物理的な制約はあるが、QKDと比べると格段に伝送速度は高速で、伝送距離も長くできる。光信号の伝送中、中継器でパワーを増幅すると安全性が変わる問題に対処するため、玉川大学は乱数発生器を併用して安全性を保つ実証も行っているそうだ。

Y-00暗号の活躍が特に期待されるのは、理論的に絶対安全とされているQKDとワンタイムパッドの組み合わせが苦手な高速大容量、長距離伝送が求められるユースケースだ。QKDの速度はMb/sレベル、距離は複数のQKD装置を数珠つなぎにした場合で2000km超に現状とどまる。平文と同じ長さの一度限りの鍵であるワンタイムパッドを用いた場合、データ通信速度の上限はQKDの速度だ。

玉川大学のラボでは、Y-00暗号を用いて、学内に敷設された光ファイバー回線を通じて4K映像をスムーズに伝送するライブデモを常時みることができる。距離については前述の通り、玉川大学は1万km超に成功しており、速度に関しては中国・西南交通大学による90Tb/sという記録もある(図表2)。

図表2 Y-00暗号の通信性能(代表的な論文誌などから玉川大学調べ)

図表2 Y-00暗号の通信性能(代表的な論文誌などから玉川大学調べ)

こうした長所を持つY-00暗号の最大の課題の1つは「AESで十分」という壁をどう乗り越えるかだという。256ビットの鍵を使用するAES-256は当面、量子コンピューター攻撃に耐えうるとされている。

処理負荷が高いAES-256と比べ、Y-00暗号は低遅延性能に優れる利点はあるものの、光ネットワークにしか適用できず、何よりコストがまだ高い。「AESで十分」という声を覆す具体的な突破口は「なかなか見えない」と二見教授は正直に吐露したうえで、次のように意気込む。「中国では、すごい勢いでY-00暗号の研究開発が進んでいる。日本も頑張らなければいけない」。PQC、QKDの普及の次に、Y-00暗号が来るとすれば、今が日本の正念場かもしれない。

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