<特集>量子通信と量子コンピューター量子ミドルウエアで実用へ KDDIが28年度に法人向けPaaSとして提供

量子コンピューターのハードルの1つが、利用者にも高度な知識が求められることだ。量子コンピューターのユースケース開拓のため、KDDIらはこの課題を解決するミドルウエアの開発に着手した。

日本政府は、量子技術の利用者を2030年までに1000万人へ増やすことを目標として掲げているが、その達成には多くの障壁がある。量子コンピューターは計算手法やプログラミングの前提が従来の古典コンピューターとは大きく異なり、利用には高度な専門知識が欠かせない。加えて、ハード・ソフト両面の進化が速く、導入してもすぐ陳腐化するのではないかという不安も、企業の投資判断を難しくしている。さらに、運用を支える技術や標準も十分に整っていない。

こうしたなかKDDIは、ハードの変化に依存しないミドルウエアを整備し、量子コンピューター利用のハードルを下げるという構想を打ち出した。同社は2025年7月末にNEDOの「量子コンピューターの産業化のためのミドルウエア開発」プロジェクトに採択され、計10機関のコンソーシアムで共同研究を開始。コンソーシアムには量子技術ベンチャーのJijやQunaSys、ソフトウエアのリアルタイム技術に強みを持つセックといった民間企業に加え、東大・大阪大・慶應大・早稲田大・芝浦工大といった大学、産業技術総合研究所(産総研)などが参画し、産学官連携の体制を整えた。

KDDIは、このミドルウエアを「AI・量子共通基盤」と呼称している。先端技術研究本部長の宮地悟史氏は、「この発想の源にあるのは、インターネットの発展を支えたTCP/IPだ」と明かす。通信回線がダイヤルアップから光回線へと急速に進化しても、アプリケーションが継続的に利用できたのは、TCP/IPが物理層の差分を吸収する共通レイヤーとして機能したことにならい、量子計算でも同様に、方式や世代の違いを利用者に意識させない仕組みが必要になるという考えだ。KDDIらは、同基盤をインターネットにおけるTCP/IP同様に、量子コンピューター利用における中間層=ミドルウエアとして、物理層やアプリケーションに先んじて提供しようとしている。

(左から)KDDI 先端技術研究本部 基盤技術研究部 量子計算機応用グループリーダー 稗圃泰彦氏、KDDI 先端技術研究本部長 宮地悟史氏、KDDI総合研究所 AI部門 量子コンピューティンググループリーダー 斉藤和広氏、KDDI 先端技術企画本部 先端企画統括部 企画グループリーダー 杉山浩平氏

(左から)KDDI 先端技術研究本部 基盤技術研究部 量子計算機応用グループリーダー 稗圃泰彦氏、KDDI 先端技術研究本部長 宮地悟史氏、KDDI総合研究所 AI部門 量子コンピューティンググループリーダー 斉藤和広氏、KDDI 先端技術企画本部 先端企画統括部 企画グループリーダー 杉山浩平氏

量子・古典を意識せず使い分け

図表1にAI・量子共通基盤の基本構造と機能を示す。大きな特徴は、計算資源最適化機能によって、処理が古典コンピューターによるAIか、量子コンピューターかで行われるかを利用者に意識させることなく、要求に応じて最適な計算資源を利用できることだ。同基盤は産総研が運用する、スーパーコンピューターを中核とした量子・古典ハイブリッドコンピューティング基盤「ABCI-Q」を組み込んでいる。こうした機能・環境により、実機の量子計算機は規模や安定性に制約がある現状でも、アルゴリズムやアプリケーションの開発・検証のサイクルを確立することができる。

図表1 AI・量子共通基盤の具体的機能と差別化ポイント

図表1 AI・量子共通基盤の具体的機能と差別化ポイント

また、KDDI総合研究所 AI部門 量子コンピューティンググループリーダーの斉藤和広氏は、「アプリケーションの利用環境と開発環境を分け、量子コンピューターへの参入障壁を下げる」と語る。現在の量子コンピューターは利用者自身が量子計算するアプリケーションを開発する必要があるが、同基盤では利用者向けにAPI/ASPを提供することで専門的知識がなくても量子計算できる環境を整備する。これにより、利用者は問題の定式化(課題を量子計算で解ける形に変換する作業)までを行えばよくなる。併せて、開発者向けに生成AIを用いて量子コンピューターの基礎的な知識を補佐する機能も実装する。

また、計算機の稼働状態を把握し、安定稼働を保証する仕組みも組み込む。量子コンピューターの多くは極低温での動作や外部からの電磁波・振動の遮断を必要とし、わずかな環境変化が計算精度に直結する。しかし、従来型のIT機器のように確立された監視・運用の仕組みはまだ存在しない。同基盤では、稼働状況の可視化やリモートでのキャリブレーション、障害検知・復旧といった機能を整備し、将来的にはデータセンターでの実運用を視野に入れている。

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