通信インフラにおいてナノ秒級の高精度時刻同期を実現するPTP(Precision Time Protocol)は不可欠だ。特にモバイルネットワーク分野では、5G基地局間の同期やRANの運用に欠かせない基盤である。とりわけマルチベンダー機器を相互接続するオープンRAN(O-RAN)では、基地局装置の内蔵機能だけでは不十分で、外部のグランドマスターなど標準化された同期装置が不可欠になる。
「今後6Gへの移行を見据え、さらに高精度な時刻同期が求められます」と丸文の尾形ケネス氏は語る。
GNSS依存減らす「cnPRTC」 Microchipが「vPRTC」で先取り
この状況下、ITU-T(国際電気通信連合電気通信標準化部門)は「cnPRTC(G.8272.2)」の標準化作業を進め、2024年1月に承認された。「cn」とは、“coordinated network”を意味する。GPSに代表されるGNSS(Global Navigation Satellite System:全球測位衛星システム)をセシウム原子時計で補完しつつ、ネットワーク協調で正確な時刻を維持するコンセプトだ。
現行のePRTCでもGNSSとセシウム原子時計を組み合わせることで、GNSS受信に障害が発生した場合に精度を維持するホールドオーバー性能は数十日間が担保されているが、1台のePRTC装置に依存し冗長性に限界がある。複数のePRTC装置を用いて冗長構成を組むことは可能だが、装置が相互に補完する仕組みは規定されていない。
これに対しcnPRTCは、GNSS受信が途絶した場合、セシウム原子時計を備えた複数のグランドマスター装置などのノードがネットワーク上で協調することで、より長期間のホールドオーバーを可能にする(図表1)。また、精度面でもePRTCの30ナノ秒級から、cnPRTCでは将来的に500ピコ秒級への対応が想定されている。
図表1 cnPRTC(G.8272.2)の概要
cnPRTCによって冗長性を高めようとする背景にあるのが、GNSSの脆弱性だ。衛星からの信号は微弱であり、民生用の信号は暗号化されていないため、ジャミングやスプーフィング(なりすまし)の影響を受けやすい。こうした脆弱性を突いた妨害は、近年の国家間の紛争において航空機やドローンを狙って頻繁に行われている。さらに太陽フレアなど自然現象でも受信が不安定になるおそれがあり、時刻同期におけるGNSSへの依存度を減らす取り組みが進んでいるのだ。
もっとも、cnPRTC実装には課題もある。最大の課題はセシウム原子時計のコストだ。尾形氏によれば、海外では国が複数拠点に設置して通信事業者が共用する例もあるが、日本では各社が個別に対応せざるを得ず、実現へのハードルになっているという。
米Microchip社は、こうした流れを見据えてグランドマスタークロック「TimeProvider 4100」に「Virtual PRTC(vPRTC)」機能を搭載した。複数拠点に設置したグランドマスターを相互に補完させることで、GNSS受信拠点を減らす。いずれかの拠点がダウンしても他から正確な時刻を供給できる仕組みだ。「vPRTCはいわば“プレcnPRTC”です。北米やヨーロッパで先行して採用が進んでいます」(尾形氏)
さらに同機は、OCXOやルビジウム原子時計内蔵によるホールドオーバー強化、GNSS信号の異常検知・遮断(GPSファイアウォール連携)、複数電源やネットワーク冗長化といった機能も備える。
「日本でもGNSS妨害の現実味は高まっています。問題が起こる前に備えられるよう、当社はお客様への情報提供に力を入れていきます」と、丸文の砂岡諒氏は強調する。