AIやビッグデータ、ロボットやドローンといったICTを活用しイノベーションを起こす──。スマートシティやスーパーシティをめぐる議論では、とかくこうした夢物語ばかりを描いて、具体的に解決したい課題のイメージがないままに話が進んでしまうことが珍しくない。
それに対し、「ICTはあくまで目的実現のツール・補完的なもの、というスタンスを徹底していることが加古川市の特徴だ」と同市役所 企画部 政策企画課 スマートシティ推進担当課長の多田功氏は語る。
加古川市役所 企画部 政策企画課 スマートシティ推進担当課長の多田功氏
加古川市は兵庫県南部に位置する人口約26万人の市で、姫路市や淡路市などが近いベッドタウン。市民と行政が一体となった「加古川市スマートシティ構想」の取り組みが、全国から先進事例として注目を集めている。
データ連携基盤(FIWARE)やAPI連携、AIカメラの活用など、一見するとテクノロジーの力をフル活用した取り組みに目が行くが、「ICTの導入自体が先行した結果ではなく、市民の幸福感の向上という大きな目的のために有用だから採用した結果だ」と多田氏は強調する。
加古川市は、兵庫県南部に位置し播磨平野を貫流する加古川河口に広がる豊かな自然に囲まれた地域。近くに姫路市や淡路市へのアクセスが良いことからベッドタウンとして親しまれている(出典:加古川市HP)
1475台のカメラ設置
加古川市の取り組みの1つが、2016年から始まった「見守りカメラ」である。同市は、刑法犯罪率の低下に力を注いできた。「やはり刑法犯罪率が高いと子育ても安心できないし、ずっと暮らしたいと思ってもらえない。いかに住んでいる方に幸せになってもらうかということを考えたとき、一丁目一番地の取り組みとして安全安心の確保が挙がってきた」
そこで、加古川市では小学校の通学路などを中心に「見守りカメラ」を設置し、市民向けに見守りサービスの提供を始めた。
これはビーコン(BLEタグ)検知器が搭載されているカメラを加古川市内に設置し、タグをもった子供や高齢者などが見守りカメラ付近を通過すると見守りアプリまたはメールで居場所を知ることができるというもの。
加古川市が提供する「かこがわアプリ」で通過履歴などが確認できるほか、タグを提供しているミマモルメ社とALSOK社のアプリケーションも別料金で利用することができる。「犯罪率の低下に加えて、認知高齢者の捜索をスムーズに行えるようにしたいという狙いが施策の背景にある。我々はスマートシティを作りたかったわけではなく、あくまでこれらの課題を解決したいと考えたとき、見守りカメラが生まれた」と多田氏は説明する。
ビーコンタグ(BLEタグ)と見守りカメラ、およびステッカーの外観。タグはミマモルメ社とALSOK社のいずれか希望する方を利用可能で、各社が提供するアプリやサービスも利用できる。新小学1年生(令和4年度入学)がサービスの利用を希望する場合は、初期費用と月額利用料を加古川市とサービス提供事業者が負担している(出典:加古川市HP)
実際、見守りカメラの導入により、加古川市の刑法犯罪率は低下している。兵庫県内の他の自治体と比べても刑法犯罪率の低下が認められるという(図表1)。
図表1 加古川市と兵庫県の刑法犯認知状況
「単にカメラを導入しただけでなく、同時に住民の方がパトロールをする体制も整えたことがこの結果につながった」と多田氏。市が一方的なスマートシティ像を押し付けるのではなく、あくまで目的のためにテクノロジーを補助的に使うというスタンスを貫いたことで住民の理解を得られ、2016年から2017年にかけて1475台もの設置を実現している。
「監視カメラの設置に対して、プライバシーを気にされる方は多い。見守りカメラのコンセプトは犯罪抑止なので、こっそりつけて監視するのではなく、逆に看板を付けて目立たせ、しっかりと見えるように設置している。このため、市民の方も受け入れやすくなっている」