「当社の賃貸住宅には今、約1万8000戸ほど入居者がいるが、この10年間で高齢者の割合が非常に増えた」と説明するのは、大阪府住宅供給公社(以下、公社)の江良幸世氏だ。入居者のうち65歳以上の高齢者の占める割合は、2010年3月末時点で約26%だったが、2020年3月末には約38%に急上昇した。
公社はこうした状況を踏まえ、「高齢者が住み続けられるまちづくり」をするための様々なサービスを検討している。その一環として2019年12月から2カ月間、IoTを活用した高齢者の見守りを支援するサービスの実証実験を行った。
実験では、振動センサーを搭載したIoTデバイスを高齢者宅の冷蔵庫に設置。冷蔵庫の開閉で生じる振動をデバイスが検知し、そのデータをLPWA(Low Power Wide Area)の一種であるSigfoxでクラウドに送信して、そこからメールなどで離れた場所に住む家族に通知する。IoTデバイスとシステムはRootsが、Sigfoxによる通信については京セラコミュニケーションシステム(以下、KCCS)が協力している。
図表 実証実験のイメージ
「LPWAの規格は様々あるが、その中でもSigfoxは通信コストが低く、エリアが広い。団地の屋上にアンテナを付ければ、IoTサービスを展開する際にも通信エリアの心配はないと考えた」(大阪府住宅供給公社 神前武志氏)
高齢者が継続して利用できるようにするため、特に意識したのがコストだった。「比較検討した他社の見守りサービスは、我々が調べた範囲では平均して毎月2000~3000円とランニングコストが高く、高齢者やご家族に負担してもらうのは難しかった。見守りサービスのほとんどは通信が必要だが、自前でインターネットの契約をする必要があったり、電話回線を使わないといけなかったり、通信についてはあまり考えられていない。Rootsからはデバイスの提示価格も適正であった上、Sigfoxの通信費、サーバーやシステム運用費およびサポートも含めた月額利用料を350円程度で提案していただいたのが決め手になった」(同氏)
デバイスを冷蔵庫に貼るだけで設置完了
機能的・心理的なハードルを下げる
実証実験に参加したのは10世帯。実験終了後のアンケートでは、参加者のほとんどから高評価を得た。「今回の実証実験のサービスで安心感が得られたか」という質問に対し90%の高齢者が「得られた」と回答。「よかったと感じた点」については「自分の生活の状況が相手に伝わるので安心できる」が33%、「手間がかからない」「機械の場所を取らない」がそれぞれ27%となった。
「取り付けはデバイスを冷蔵庫に貼るだけ。いちいち自分でボタンを押すなど、機械を操作する必要がなく、日常生活の動線上で冷蔵庫の開け閉めをするだけで、見守る側の親族に『今日も冷蔵庫が開きました』と通知が行く。見守る側にとってもアプリを立ち上げないといけないなどの煩わしさがない」(江良氏)
このシンプルな仕組みは、見守られることの心理的なハードルも下げる。「機械を使った見守りというと、高齢者から『監視されているような気がする』と捉えられることもある。また、お子さん達も働いていらっしゃる世代な上、近年は共働き世帯も多いので『子ども達に迷惑を掛けたくない』とも思われている。今回のシステムではそういった面もカバーできた」
今回使用したデバイス
さらに「見守られた高齢者本人だけでなく、見守る側のご家族の方々からもとても満足していると回答していただき、我々としても非常に手応えを感じた」と江良氏は話す。
今年度は調査対象を50世帯ほどに拡大し、実用化に向けた再検証を行う予定だという。