<連載>AIエージェントが迫る通信の新ルール「AI依存というダークサイド、その入口は常に開いている」栗原慶大教授・人工知能学会 前会長インタビュー

注目を集めるAIエージェントだが、現状は「自律」というより「自動」に過ぎない──。慶應義塾大学の栗原聡教授はそう指摘し、AIへの過度な依存が人間の「学ぶ・考える力」を衰えさせる危険性に警鐘を鳴らす。その歯止めとなるのは、時に人をいさめる「ドラえもん」のような自律型AI。その実現可能性から日本の勝ち筋、次世代教育までを栗原教授に聞いた。

慶應義塾大学 教授/人工知能学会 前会長・顧問 栗原聡氏

慶應義塾大学 教授/人工知能学会 前会長・顧問 栗原聡氏

――最近、AIエージェントが大きな話題です。AIの進化が新たなフェーズに入ったようにも見えますが、現状をどう捉えていますか。

栗原 生成AIの次のテクノロジーが、AIエージェントだと考えるのは大間違いです。

「Artificial Intelligence(人工知能)」という言葉が初めて使われてから約70年経ちますが、そもそもAIは何を目指して70年かけて発展してきたのか。それはやはり「人間のような知能の実現」です。

僕ら人間ができることは、大きく2つに分けられます。

1つは「動く」です。生物が等しく持っている能力であり、これのおかげで食べ物を見つけたり、敵から逃げたりできます。

もう1つは「学ぶ・考える」です。例えば、危険を回避するため、我々人間は蓄えた知識を使って、この先に起こることを予測することができます。こうした学習能力は、いろいろな生物が身に付けていますが、最も長けているのが人間です。

AI研究もこの2つを軸に進んできましたが、先に実現したのが「学ぶ・考える」の方でした。ChatGPTなどの生成AIは圧倒的な知識を学んでおり、圧倒的なスピードで回答を考えられます。

一方、「動く」の方はどうでしょうか。生成AIは何でも答えてくれますから、一見、自律的に動いているように見えます。しかし、人間のレベルで自らの内発的な欲求や目的に基づき、自律的に動く仕組みは実現されてはいません。

デスクトップPC上で動くマクロをはじめ、自動的に処理を実行させる仕組みは古くから存在しています。従来は結構大変なプログラミング作業が必要でしたが、今や自然言語で指示できるようになり、自動化の敷居は大きく下がりました。それで火がついたのがAIエージェントの普及です。生成AIの登場に伴う当たり前の流れに過ぎず、AIエージェント自体を新しいテクノロジーかのように捉えるのは間違いです。

――栗原先生は以前、これから「道具型AI」が「自律型AI」へ発展していくと著書に記しましたが、今のAIエージェントはまだ道具型にとどまるということですね。

栗原 「自律」はまだまだ言い過ぎで、「自動」と言った方が適切です。

生成AIは、ITの延長線上に誕生したテクノロジーです。そして、ITは基本的には効率化のための道具であり、現在のAIも基本的には効率化のための道具です。

ただし、これまでの道具とは、大きく質が異なる点があり、注意しなければなりません。

AI依存とディストピア

――何が違うのですか。

栗原 自動車しかり電卓しかり、テクノロジーは総じて人間のパワーを押し上げてきました。しかし一方で、テクノロジーの歴史は、僕らが自らの能力を失ってきた歴史でもあります。例えば自動車ばかりに乗っていると、足腰がだんだん弱っていきます。

では、AIにより失われる能力は何でしょうか。それは、人間の中枢をなす「学ぶ・考える」能力です。足腰が少し弱るのとは、次元がまったく違います。

――人間の最大の特徴が退化していく恐れがあると。

栗原 脳は、神経細胞どうしの接続であるシナプスにより機能しており、使われないシナプスはどんどん弱まっていきます。

もちろん実際には、すべての人間が退化するわけではないでしょう。100人いれば、おそらく5人くらいはこれからも自分でしっかりと学び、考えるはずです。仮に、その5人をモーターにたとえれば、残り95人は歯車です。しかも、その95人は、自ら好んでAIに依存し、歯車になっていくわけです。

すなわち今、ごく少数のエリートが世の中を動かす新しい社会主義の方向へと進んでいる可能性があり、これはもうディストピアです。

ある著名コンサル会社のトップが面白い話をしていました。コンサル業界に入ると、通常はアナリストからキャリアをスタートします。まずはリサーチやデータ分析などの経験を積み、より高度な分析力や意思決定力が必要なマネージャーやパートナーへ昇進していくのですが、リサーチやデータ分析はAIが最も得意とする仕事です。人間より圧倒的に効率よく行え、競合他社も使っていますから、今はAIを活用しないわけにはいきません。

――当然ですね。

栗原 しかし、そのトップの方は、こう言うわけです。「これは要するに5年、10年後に上に立つ人材を育成していないということ。ずっと続けていたら、会社が衰退してしまう」と。例えば新入社員が20人いたら、そのうち目を付けた2人くらいには、あえて自分の力でデータ分析などをやらせる必要があるのかもしれません。

イノベーティブな組織や社会を目指すのであれば、こうした長期的な視点こそ必要です。

栗原聡(くりはら・さとし)氏

慶應義塾大学理工学部 教授。慶應義塾大学共生知能創発社会研究センター センター長。オムロン サイニックエックス社外取締役。慶應義塾大学大学院理工学研究科修了。博士(工学)。NTT 基礎研究所、大阪大学、電気通信大学を経て、2018年より現職。科学技術振興機構 さきがけ・社会変革基盤・研究総括。2026年6月まで人工知能学会会長を務めた

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