日本無線 代表取締役社長 小洗健氏
――あらゆる産業でデジタル変革(DX)が進展しています。その実現手段の1つとして、5Gなどの無線技術にも高い期待が寄せられていますが、無線技術を用いて、ずっと以前から様々な産業を支えてきたのが日本無線です。
小洗 日本無線の祖業は船舶用の無線機器で、第二次世界大戦前から提供してきました。最近は船舶の自動運航システムや、洋上風力発電等の海上インフラ向けシステムなどにも取り組んでいます。
日清紡ホールディングスの100%子会社である日本無線は、日清紡グループの「無線・通信事業グループ」に属しています。
無線・通信事業グループの看板事業が、先ほどの「マリンシステム」と「ソリューション」の2つです。ソリューション事業は、河川等の防災や道路などの官公需を中心とした社会インフラ向け事業です。
さらに、生産設備の自動化システムやスマートメーター等の「ICT・メカトロニクス」、防衛産業など向けの「特機」、医療・介護向けの「医用機器」、自動車産業に資する通信モジュール等を提供している「モビリティ」を加えた6つの領域で、無線・通信事業グループは事業を進めています。
――5G時代を迎え、これら産業でもDXの機運は高まっていると思いますが、長年の経験や実績を活かし、どう貢献していくのですか。
小洗 6つの無線・通信事業に共通する経営ビジョンが、「社会に安全・安心を提供する真のソリューションベンダーとなる」です。本当の意味での顧客課題の解決手段を提供することを目指しています。
この経営ビジョンを実現するための共通の基本戦略は、「無線技術の活用」「インテグレーションスキル」「顧客価値の訴求力」の3つです。
無線の会社ですから当然、無線技術を活用し、社会に安全・安心を提供していくべきです。また、そのためには自分の技術だけにこだわらず、他社の技術も高いスキルでインテグレーションし、価値を訴求していく必要があります。そして、その価値とは、本当の意味で顧客課題を解決するものでなくてはなりません。
こうした基本戦略の下、これまでの事業の延長線上に5G、IoT基盤、データ活用といったテクノロジーを組み合わせ、顧客価値の高いデジタルサービスソリューションを提供していこう──。
これが6事業に共通する考え方であり、それぞれの事業で成長戦略を描いています。
スマートシップへ業界構造変化
――例えば、看板事業であるマリンシステムとソリューションでは、どんな成長戦略を描いているのでしょうか。
小洗 マリンシステムについては、船舶の自動運航に代表される「スマートシップ」というコンセプトに取り組んでいます。
自動運航によって何を達成できるかというと、1つは省力化です。船乗りのなり手は今後減っていくと予想され、省力化はますます重要になっています。
もう1つは省エネです。風や波などの条件が刻々と変化するなか、省エネの観点で最適な航路で運航していくことを可能にします。
このスマートシップは、船舶や周辺海域の様々な情報をIoTで収集し、さらに今まで別々に動いていたエンジンから航海用機器までのシステム全体を連携させることで初めて実現可能になります。
ですから今、業界構造も大きく変わろうとしています。その象徴的な動きの1つが、日本財団の「DFFASプロジェクト」です。船舶業界にとどまらない様々な業界の企業30社が集まり、無人運航船の実証を行っています。
――日本無線は、2025年の無人運航開始を目標として掲げていますね。
小洗 完全な無人運航の実現にはまだ時間がかかり、まずは遠隔操作を伴った無人運航になるでしょう。
――その遠隔操船には、無線通信が不可欠です。海の通信エリア化はBeyond 5G(6G)でも重要なターゲットの1つになっていますが、海の通信の将来をどう見ていますか。
小洗 LTEや5Gの電波が届く陸地に近いところを航行する船もありますが、外洋に出る船もありますから、最後は衛星通信を使わざるを得ません。近い将来、衛星コンステレーションが普及することはもう分かっていますから、最終的にはそれを使っていくことになると思います。
しかし今はまだ過渡期で、料金は高いです。そのため陸地の近くではLTEや5G、外洋では衛星通信といったように、ユーザーが意識しなくても、場所と伝送目的に応じて、複数の手段を自在に切り替えられることが求められると考えていますが、遠隔操船にはどうしても太い回線が必要です。
――映像確認が必要ですからね。
小洗 そのため、衛星通信もつながった6Gの世界になったときこそ、船舶の運航に資する通信が本当に自由にできるようになると思っています。
――そうした時代を見据え、ローカル5Gと衛星通信を連携させる実証実験も行いました。
小洗 陸海空の横断的システムとして、どのような状況を実現し得るかの実証の1つとして取り組みました。