3D空間でコラボレーション一般的に、電波伝搬シミュレーションは難しい。天候、植物、動くデバイスに人間など、多様な要素を検討項目に入れる必要がある。また、実際問題として、物理的現象や、それらの相互作用の多くは単純化する必要があり、現実と同様の結果を得るのは困難だ。そのためモバイルネットワークの構築やソリューション開発においては、何度も実地でのフィールドテストが必要になる。
特に5Gでは、ミリ波帯など今まで扱ってこなかった周波数帯を使う。自動運転車などの新しい種類のデバイスも登場し、接続デバイス数も増えている。5Gになってネットワーク設計とソリューション開発はより複雑化している。
こうした課題をメタバースで克服できないかとエリクソンは考えた。従来、単純化してきた多くの要素を、メタバース上に正確に再現した都市のデジタルツインを構築。そこでネットワークテストができれば、開発サイクルの短縮、ネットワーク品質の向上が期待できる。
エリクソンが利用したのは、NVIDIAが11月9日からエンタープライズ向けに提供し始めた「Omniverse(オムニバース)」という仮想空間内で共同作業を行うためのプラットフォームのベータ版だ。同社はオムニバースでシカゴの街並みを一部再現し、5Gの電波伝搬をシミュレーションしたのである。
NVIDIA Omniverseのイメージ。複数のソフトウェアとコラボレーションして、その結果を手元のデバイスにレンダリングしてくれる(出典:NVIDIA)
Omniverseには大きく、コラボレーション、シミュレーション、ビジュアライゼーション(可視化)の3つの機能がある。コラボレーションは、「あらゆるアプリケーション、ファイルフォーマットのデータを『Universal Scene Description(USD)』という形式に落とし込んで、Omniverse上で扱うための機能だ」と高橋氏は説明する。
映像制作、ゲーム開発、機器製造、建築など各領域で用いられる3DGC制作ソフトなどで作成したアセットをOmniverse上で扱うことが可能だ。これらのソフトのデータをプラグイン経由で集約し、木々や建物、街並み、そして都市などをデジタル上に再現するのである。
さらに、Omniverse自体で建物データなどのテンプレートを用意しているほか、「現場をスキャンして点群データなどを取り込み、より細部まで精細に工場や都市を再現する」(高橋氏)機能も備える。
シミュレーションに関しては、NVIDIAの物理演算用ライブラリ「PhysX」などを利用できる。PhysXは多くのゲームで、慣性などの物理学にかなった挙動を再現するために使われている。
NVIDIAとエリクソンがOmniverse上で都市のデジタルツインを構築し、無線電波伝搬をシミュレーションした際の画像(出典:NVIDIA)
ただ、「正直、現状はOmniverse上で提供されているシミュレーションの種類は限られている」と高橋氏は明かす。エリクソンの事例では、シミュレーションは基本的にエリクソンが持つエンジンをOmniverse上に持ち込んで実施したという。
「もともとエリクソンは、屋内での電波伝搬の変化など、シミュレーションについて深い知見を持っている。ただ、材質による電波の屈折率の変化など、一部領域では専門に取り扱っている事業者がいる。今まではそうした専門的な事業者との共同シミュレーションは個別に行っていたが、Omniverse上で複数のパートナーと統合的に行うことができるようになった」とNVIDIA エンタープライズ事業本部 テレコムビジネスユニット デベロッパーリレーションズ マネージャー 野田真氏は語る。
NVIDIA エンタープライズ事業本部 テレコムビジネスユニット
デベロッパーリレーションズマネージャー 野田真氏
そして、これらのシミュレーションで得られた演算結果は最終的にOmniverseのビジュアライゼーション機能によって、立体的にわかりやすく可視化される。
「5Gで無線特性が複雑になる中で、電波伝搬シミュレーションにも新しいレベルが求められているが、それをOmniverse上で実現できるようになった」と野田氏は言う。
もちろん、5Gもメタバースもまだまだ発展途上。「Omniverseもまだ構想の10%も機能が実装されていない」と野田氏は話すが、逆に言うとメタバースが5Gに与えるインパクトは想像を大きく超えてくる可能性もありそうだ。