HAPSモバイルと協業LoonとHAPSモバイルの関係が深まったのは2019年のことだ。HAPSモバイルがLoonに1億2500万米ドルを出資。各種航空機やITU準拠の周波数帯に適用可能なペイロード(HAPSに搭載する通信機器)の共同開発などに取り組んだ。「例えば、成層圏での実用に耐えられるペイロードの開発はLoonのメカニカルエンジニアがリードした。一方、ペイロードを用いたネットワークのエリア設計などは我々のノウハウが活きた」とソフトバンク テクノロジーユニット 先端技術開発本部 本部長 兼 HAPSモバイル 取締役 兼 HAPSアライアンス 理事 湧川隆次氏は語る。
この共同開発の成果の1つが、太陽光パネルを搭載した成層圏通信プラットフォーム向け無人航空機「Sunglider(サングライダー)」だ。2020年9月21日(米国山岳部時間)に実施したサングライダー5回目のテストフライトでは、4G/LTEの電波を利用して、米国にいるLoonのメンバーと日本にいるHAPSモバイルのメンバーが一般的なスマートフォン同士によるビデオ通話に成功した(図表)。
図表 サングライダーを利用したHAPS通信の構成
構成としては地上のゲートウェイ(基地局)とサングライダー間のフィーダーリンクには70~80GHz帯の周波数を用い、サングライダーからスマートフォンをつなぐサービスリンクには700MHz帯(LTE Band 28)を用いた。
「成層圏という市場をまず作って、実際に成層圏からの通信が活用される時代になってから競争しようという思いが共有されていた。そのため、パートナーとしてかなり密接に連携していた」と湧川氏は振り返る。
サングライダーの映像(出典:HAPSモバイルプレスリリース)。ソフトバンクで1機で直径200kmの範囲をエリア化することを目標に掲げている
一方、Loonは2020年、ケニアで商用インターネットサービスの提供を開始した。HAPS市場がいよいよ立ち上がろうという中での撤退だった。
撤退の理由については、公式ブログで事業性の問題だと説明されている。インドなどの途上国で急速にブロードバンド環境が普及したことや、各国ごとに周波数などを調整する事業モデルの困難さが背景にあるようだ。また、Loonのプロジェクトが開始した当時、Googleのトップだった共同創業者のラリー・ペイジ氏とサーゲイ・ブリン氏の辞任による社内の方向転換もあったのかもしれない。
アライアンスメンバーに引継ぎLoonは、HAPSモバイルと共同で業界団体「HAPS アライアンス」を2020年4月に設立していた。同アライアンスの会長はLoonでHead of Product Managementを務めていたケン・リオーダン氏。「正直に言うとHAPSアライアンスの活動に影響はあるが、大きくスローダウンするとは思っていない」と湧川氏は話す。
理由は大きく2つある。1つはすでにHAPSアライアンスは組織として拡大し、エアバス、ノキア、ドイツテレコムなどを含む40以上の企業・団体が加盟していること。「航空」「テレコム」「マーケティング」の3領域でワーキンググループ(WG)が結成されており、HAPSのエコシステムの構築、HAPS技術の標準化の推進などに取り組んでいる。
2つめは、Loonの資産のほとんどがアライアンスやそのメンバーにしっかり受け継がれるからだ。Loonは多くのデータをHAPSアライアンスに無償提供した。そのなかにはLoonが10年間、気球を飛ばしながら集めた成層圏の気象や風、温度、気圧の測定値などの貴重なデータが含まれている。
また、同社が保有していた特許約270件は、アライアンスメンバーが取得する。ソフトバンクが取得した約200件の特許は、気球に関係しない領域だ。「我々は気球を製作する予定はないので、主にネットワーク関連の特許を取得した」。気球に関する特許についても、Raven AerostarというLoonのパートナー企業が取得する予定だ。
ソフトバンクとLoonによる成層圏飛行中のLTE通信に成功際のビデオ通話の様子(出典:HAPSモバイルプレスリリース)