情報通信産業を「生態系」と「進化論」で語ろう[第3回]100年目の嵐はおもちゃから始まる――ネオテニーと進化の秘密

生態学の理論を使って「情報通信産業」を分析すると、一体何が見えてくるのか――。今回のテーマは「ネオテニー」(幼形成熟)である。(編集部)

おもちゃ

デロイトが発行したレポート「百年目の嵐」によれば、電信サービスを提供したウエスタンユニオン(WU)は、鉄道や軍などの大組織が求める「高品質な長距離通信」の要求に応えた。一方、1876年に登場した電話は、「低品質で近距離通信」にしか使えなかった。WUの社長は電話を「おもちゃ」と語り、業界アナリストも「電話よりメッセンジャーボーイの方がまだましだ」と切り捨てたという。

ほぼ100年後の1981年、ある情報通信機器ベンダーのトップの1人は、PCを「おもちゃ」と語った。その後、この企業はPC市場で大きく出遅れ、苦戦する。同様に、世界最先端で最高級の我が国のガラパゴス携帯に関わるベンダーもキャリアも、スマートフォン市場で出遅れた。そして今、日本では誰もが、米国の黒船を前にして、アップルやグーグルがさしのばした手にしがみつこうとしているようにも見えなくはない。

アップルやグーグルは日本の市場をよく研究し、彼らのビジネスモデルを作り上げた。かつてゼロ戦で奇襲に成功した我が国の大本営は、大和を中心とする大艦巨砲主義にこだわり、空力を軽んじた。一方、米軍は真珠湾での日本の初戦の勝因が空力にあると看破し、空力を増強し、第二次世界大戦で勝利した。日本はあの第二次世界大戦と同様に、自らの成功した戦略を米国に使われてしまった。これは一体どういうわけだろうか。

見える手

WUは高い品質を求める顧客のニーズに適合したバリューチェーンとマネジメント体制を作り上げていた。著名な経営学者であるアルフレッド・チャンドラーは、その著作『経営者の時代』でWUを「アメリカ合衆国史上最初の全米に及ぶ複数のビジネスユニットからなる近代的企業体」と絶賛した。経営者の時代の原題は『Visual Hand』というが、市場は「見えざる手」ではなく、経営者の「見える手」で動かすことができると主張した本である。昨今ドラッカーが大人気であるが、チャンドラーはドラッカーと同じく優れた経営学者であり、今一度、注目されてもおかしくない。

話を戻そう。WUは、ドラッカーが繰り返し言う顧客を大事にする企業であり、チャンドラーが絶賛する米国史に残る優良企業だったのである。先の情報通信機器のベンダーも法人顧客重視の大型システム市場に適合した「他社が容易に模倣できない隠れた戦略的優位を持つ事業システム」を作り上げていた。しかし、それゆえにPC市場への順応が遅れてしまった。WUも同様である。WUの事業システムは、戦略的優位に立つための「バリューチェーン」を作り上げていた。その顧客重視のバリューチェーンは価値の連鎖であり、「関係と関係」の連鎖である。この「関係と関係」の連鎖が市場との「関係」に不均衡を引き起こしたままであるとき、顧客重視のバリューチェーンが「死に至る病」を引き起こす。『新世紀エヴァンゲリオン』というアニメのシリーズの題材にも登場した「死に至る病」は、こんな関係性の悲劇を隠していたのだ。その悲劇の名前をキルケゴールは絶望と呼んだ。

今さら多くを語るべきではないが、ガラパゴス携帯もまた同じである。携帯市場というエコシステムのプレイヤー同士の関係が硬直化し、新しいスマートフォンのモデルに進化できなかったのである。我が国の携帯事業者は、そこに気付いたからこそ、世界に門戸を開放したのだろう。

固定電話の収益の落ち込みが強く認識されるようになった数年前の米国で、WUは電信市場からついに撤退した。そして今、世界の固定電話も落ち込みが激しい。固定電話はいずれ電信と同じ運命をたどるのであろう。では、日本の通信はどこに向かえばよいのだろうか。そのヒントは「おもちゃ」にある。

池末成明(いけまつ・なりあき)

大手コンピュータメーカーにて海外市場での通信機器販売、PCやサーバーの国際戦略立案を担当。その後トーマツグループのコンサルティング会社にて、情報通信市場での事業計画と予算管理、原価計算、接続料問題を主に担当。現在、有限責任監査法人トーマツにて、世界のナレッジマネジャーとともに世界の情報通信メディア業界の調査と事業開発に従事

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