マイクロソフトのサティア・ナデラCEOは3月末に行われた開発者向けカンファレンス「Build 2016」で、新しいコンセプトを発表した。“conversations as a platform”(プラットフォームとしての会話)だ。
人工知能(AI)やWindows 10の音声アシスタント「Cortana(コルタナ)」とボットを組み合わせて、音声や自然言語など、人にとってより自然な方法でPCやスマートデバイスとコミュニケーションできるようにするというコンセプトである。
Build 2016で紹介された、SkypeとAIボットの活用例。コルタナから情報を受け取ったウェスティンホテルのチャットボットが、Lilian(ユーザー)とコミュニケーションする |
ここで鍵となるのが「ボット」だ。ボットとは、人間に代わってコンピュータを自動操作して処理を行わせるプログラムのこと。つまり、バーチャルな世界におけるロボットだ。以前から検索エンジン等で用いられてきたが、最近はこれを人間とコンピュータとのコミュニケーションに用いる“会話ボット”や“チャットボット”が登場してきている。例えば、自然言語を理解する“AIボット”に話しかければ、宅配ピザを注文したり、ホテルを予約したりできる。
会話でシステムを動かすマイクロソフトはconversations as a platformの実現に向けて、まずSkypeとOutlookにAIボットを組み込む計画だ。Build 2016では、そのデモが紹介された。Skypeでコルタナにアイルランドへ旅行に行くことを伝えると、ウェスティンホテルのチャットボットが予約してくれる。
こうした取り組みに積極的なのは、マイクロソフトに限らない。国内でもLINEが4月7日に、ボット開発ができる「BOT API Trial Account」を無償公開した。企業が、LINEサーバーを介して、自社のサービスとLINEアプリ間で情報をやり取りするための「BOTアカウント」を開発できる。同社は、CRMやIoT等の多様な分野で活用されることを想定している。
このように、コンピュータと人間が自然にコミュニケーションできる未来がすぐそこまで来ている。コミュニケーションする相手は業務・情報システム、その先につながるIoTデバイスと幅広く、応用分野は無限だ。
それとともにコミュニケーションツールの役割も大きく広がる。IoTデバイスや業務・情報システムといった“ヒト以外のもの”とコミュニケーションするためのインターフェースになっていくのだ。上記はチャットの活用例だが、電話やメール、ビデオなども例外ではない。
こうしたコミュニケーションツールとモノとの連携は、企業の業務効率化や生産性向上にも役立つ。“普通の”コミュニケーションツールを使いながら、業務システムにアクセスしてさまざまな業務や手続きが実行できたり、システムが業務に役立つ情報を教えてくれるようになるからだ。業務に必要なデータや状況の変化をすばやくつかみ、意思決定やアクションを迅速化できる。
では、どのように働き方が変わるのか。すでに具体化している取り組みを見ていこう。業務システムとチャットで会話「まさに今、IoTとヒトとの接点をどう作るかにこだわってソリューションを開発している」と語るのは、ACCESS取締役・執行役員CTOの植松理昌氏だ。
IoTプラットフォーム「ACCESS Connect」を提供する同社は、IoTデバイスと人がチャットでコミュニケーションする仕組みをすでに1年以上前に実現している。前述のチャットボットを使ったものだ。
その例が、通信機能を組み込んだ業務用冷蔵庫と、ACCESSのビジネス向けチャット「Linkit」の連携だ。異常が発生すると、冷蔵庫監視システムが「温度異常です。基準温度より3度高くなっています」というメッセージを送信し、Linkitを使っている担当営業や保守要員、サポート本部の技術者など関係スタッフ全員に知らせる。さらに、そのままチャット上で、保守員に急行する指示を送ったり、本部から修理に必要な技術情報を伝達したり、作業後の報告をしたりとコミュニケーションしながら対処できる。
この仕組みを進化させて他分野に応用したのが、介護業界向けの行動ロギングシステムだ。上記と同様に、業務システムと人のやり取りにLinkitを使うのだが、ポイントは「スタンプ」を活用すること。一般的なチャットでは感情表現やコミュニケーションに使っているスタンプを、作業記録(ロギング)に使うのだ。
具体的には次のような流れになる。
介護作業の管理・記録システムからヘルパーに対してLinkitで、その日行うべきデイサービスプラン(AM 9:00に食事介助、PM 1:00に入浴介助)が通知される。ヘルパーは作業を行いながら、食事介助や入浴介助の作業完了を表すスタンプを押していくだけ。これで、介護記録システムに入力され、業務終了後には、厚生労働省に提出するための訪問介護記録書が自動的に作成される。
従来は、介護作業がすべて終わった後に、作業内容を紙に書いたり、PCで介護記録システムに入力していたが、それにかかる時間は全業務時間の15%程度にもなっていたという。
だが、スタンプを選んで押すだけなら、かかる時間はせいぜい2秒。もちろん、ケアマネージャやヘルパー同士のやり取りもLinkitで行えるため、テキストや音声で申し送り事項を伝えることも可能だ。「ITリテラシーを問わずに使えて、ヘルパーは本業である介護に集中できる」と執行役員IoT事業本部副本部長の鈴木英司氏は話す。