三菱総合研究所 政策・経済センター 主席研究員 研究提言チーフ(情報通信) 西角直樹氏
――データ利活用が高度に進展する2030年代、トラフィックはどのように変化していくと予測しますか。
西角 データトラフィックはこれまで年率2~3割ペースで伸びています。このトレンドに加えて、我々は2040年にどんなユースケースが生まれ、どれほど使われるかを予測したうえでトラフィックの変化を分析しました。
非常に顕著なのが、トラフィックの中身の変化です。現状は動画配信やWebコンテンツが支配的ですが、2040年にはそれらの割合は全体のわずか5%未満。機械が処理するデータが圧倒的に増えます。
典型例が自動運転です。これを映像で制御するとなれば、高精細映像が大量にネットワークへ送られます。
生成AIも様々な分野へ影響します。
例えば、人と機械のコミュニケーションが圧倒的に増えます。これまでのトラフィックは基本的に人が使うものでしたが、AI店員が接客するのが日常的になれば、オンラインでもリアル店舗でもその記録を残し、AIが顧客対応を学習するといったことが当たり前になります。高精細映像の多くが、機械が処理するものへとシフトします。
トラフィックの流れも変わります。動画配信のように中央のサーバーから全国・全世界に届けられるのではなく、地域内で終始するトラフィックが増えます。
――三菱総研ではこれを“情報爆発”と呼び、それに備えたICTインフラの刷新が必要と提言していますね。
西角 最もトラフィックが増えた場合のシナリオで、2040年には2020年の348倍になると試算しました。量もさることながら、ユースケースの内訳とトラフィックの流れが変わることが大きな影響として現れるでしょう。
「安くて潤沢」を諦めないために
――情報爆発時代の通信インフラのあるべき姿とは、どんなものですか。
西角 ネットワークインフラの最も重要な要件は「安くて潤沢」なことです。安くて潤沢に使えないとなると、ネットワーク上でサービスを提供する各種産業の競争力が損なわれる恐れがあります。
加えて、電力消費の少ないネットワークであることが理想形です。
同じ国土・人口で数百倍のトラフィックが発生するということは、都市も地方もデータ発生密度が格段に高まります。それを捌くには大量の周波数帯を確保し、周波数利用効率を高める必要があります。
使い勝手の良い周波数帯を大量に確保することは不可能で、高周波数帯を使わざるを得ません。電波の到達距離は短くなり、基地局をたくさん打つ必要があります。このコスト増が、通信事業者にとって最大の問題です。周波数、投資、そしてエネルギーという三重苦に見舞われることになります。
図表1 2030年代の無線通信網に求められる要件
――高周波数帯を使う難しさは、5Gのミリ波でもすでに明らかです。
西角 Sub6帯に依存した状態では乗り切れず、ミリ波を使わざるを得ない状況が早晩やってきます。
将来的には、高周波数帯を使ってスモールセルを稠密に配置する方法を、都心のような高トラフィック地域だけでなく、地方都市や郊外まで広げる必要が出てきます。基地局数は爆発的に増え、これが携帯電話網への投資や運用費の増大をもたらします。
――消費者価格への転嫁もあり得ますね。
西角 そのコストを利用者が負担するのか、どこかから持ってくるのか、あるいは“安く潤沢に”を諦めるのかという状況が生まれます。