「最近の障害で改めてわかったのは、情報通信が人類の基本的な活動を支える社会基盤になったということだ。社会・経済活動を維持するうえでのリスクとして、これまではパンデミックや自然災害、国際紛争と言ってきたが、そこに通信障害が加わってきた」
そう語るのは、東京大学大学院 工学系研究科 教授で、Beyond 5G推進コンソーシアムの国際委員会委員長なども務める中尾彰宏氏だ。モバイルネットワークで相次ぐ大小の事故も前向きに捉えているとしたうえで、同氏はこう続ける。
「Beyond 5Gは“ライフライン”としての役割を目指すべきだと考えている。そのために、モバイルアーキテクチャをもう一度考え直す機会にするべきだ」
東京大学大学院 工学系研究科 教授 中尾彰宏氏
事件は制御プレーンで起こっている
将来のモバイルアーキテクチャを考えることは、かつては通信事業者とインフラベンダーに限られていた。
だが、オープンソースのモバイルコアやRANソフトウェアが登場し、さらに一般企業や研究機関が自らカスタム機能を作って導入できるローカル5Gシステムが普及し始めたことで、その状況は一変した。「公衆5Gネットワークのための商用の基地局・コア装置をいじることはできないが、今では、ソフトウェア化されたローカル5Gシステムを使って、新しい機能を提案し評価実験できる」(同氏)
この環境を活かして、中尾研究室では、これまでなかった新コンセプトの機能開発・検証を実際に行っている。10月に電気情報通信学会で発表した「5Gモバイルコアにおける多数接続時の輻輳を軽減する制御プレーンスライシング」(発表者は大学院生の春日由紀子氏と中尾氏。以下、制御プレーンスライシング)だ。5Gで初めて実装されたネットワークスライシングの概念を、ユーザープレーンではなく制御プレーン(コントロールプレーン)に適用しようというコンセプトである。
制御プレーンは通信の確立などの一連の制御処理を担う機能群だ。一方、ユーザープレーンはユーザーデータの送受信処理を担う。
モバイルネットワークは基本的に、ユーザープレーンの輻輳制御や品質保証による障害回避策をメインとしてきたが、むしろ最近は、「多数接続の状況で、ユーザーが目にすることがない制御プレーンに障害が起きやすくなっている」。制御プレーンでの輻輳回避や品質制御に取り組む例は少なく、問題解決の手法が確立できていないことが本研究の発端だ。